昨日、ユーラシア旅行社さんから「地球を旅する情報誌」「EURASIA」11月号が送られてきました。
旅行会社の宣伝としては、異色なパンフで「とっても洒落ている」のですが、中身もユーラシアさんの旅行案内もありますが、、旅のテーマを専門家が巻頭言的にいくつか寄稿しています。
今回は、その中で「ピラミッドへ思いを馳せよう!」と題して、大城道則(おおしろみちのり)先生(駒沢大学文学部歴史学科準教授)が謎に満ちた古代エジプトの知恵と技術について投稿されていました。
その要旨は、次のようなものです。
まず、最初に「今こそピラミッドとは何か考えてみよう!」と次のように呼びかけています。
古代エジプト人たちは、ピラミッドのことを「メル」と呼んでいた。
私達は、数千年の時を超えて古代エジプト人たちとほぼ同じ風景を見ることが可能である。
しかし、我々はいまだそのピラミッドについてほとんどなにも知らないのである。
ピラミッドは、現代科学でも十分に説明できない疑問点をいくつも持っている。
例えば、「ピラミッドは何のために造られたのか」、「ピラミッドはどんな方法で建てられたのか」、あるいは「もしピラミッドが王墓であるならなぜ王のミイラがないのか」などである。
そして、それらが数千年間、我々人類の頭を悩ませてきた。
そのため星を観測するための天文台説、飢餓の際に食料を貯めておく穀物倉庫説、あるいは日時計説、はたまた宇宙人説など荒唐無稽なものも含めて数々の仮説が古代エジプト研究者のみならず、さまざまな分野の人々によって提案されてきた。
しかし、約4500年以上も前の出来事について明確な回答を提示することなど、どんな天才にも不可能なのである。
でも、この「ピラミッドとはいったい何か」について毎日の生活の中で思いを巡らすのは楽しいことである。
できれば「あなたにも現地エジプトに赴いてピラミッドを見上げつつ考えて欲しいものである。」と結んでいます。
そして、次の段落では、「ピラミッド時代の人々」と題して、ピラミッドを造った(作業をした)時代の人々の営みを「奴隷的・強制的」ではなく、「建設現場ではいつも楽しげな歌声が響いていたに違いない。」と推論しています。
最後に、「外国人たちが見たピラミッド」と題して、古代ローマ人たちが観光のためエジプトを訪れたとき、エジプトの遺跡の至る所で落書きをしていたという話や、現代でもフランス、ドイツ、イギリスなどで時代や地域を超えてピラミッドが存在しており、それだけピラミッドが人々を魅了してやまないことが分かるとしています。
日本でも、沢山のピラミッドがあるそうで、日本人は、古代エジプト文明が大好きな国民であると言っています。
さてさて、というような内容ですが、古代のエジプト人達は、どうしてあんな三角形の巨大な建造物を造ったのでしょうね。
あの有名な吉村先生は、なんと言っているのでしょうか?
小生は、中国や日本の歴史を見ていますと、「帝王の墓」であると考えるのが素直な考え方だと思うのですが・・・
まぁ、「ああじゃない、こうじゃない」と考えたり、酒を酌み交わしながら議論したりすることが楽しい!のでしたら、こんな良いことはありません。
人生!それだけで楽しいじゃありませんか!
ところで、小生は、エジプトのピラミッドに行ってないのですが、パリでピラミッドを見ました。そう、ルーブル美術館です。
そして、我が埼玉県でも見ました。加須市の「パストラルかぞ」がピラミッドなのです。
著者の大城先生は、先ほど申し上げたように「日本人は、古代エジプト文明が大好きな国民である。」と言ってますが、こうして身近にありますと、案外、そうなのかも知れませんね。
エジプト旅行と言いますと、かみさんは「身体が何かにしばられたように身動きできなくなる。」というような話を友人などから聞いて怖がっていますが、是非、訪問してみたいものです。
今日はエジプトのピラミッドについてお伝えしました。