去年の春だつたでしょうか、札幌で宴会があり、帰りの汽車に乗るのにやや急がなければならない時間だった。
改札口から階段へ向かい、ホームへ階段を登った。半分くらいで息が苦しくなりそれでも我慢してホームに上がった。上がったけれど動けない感じ、列車は入っているけれど、一車輌分くらい後方に停車している。そこまで歩くことが不可能みたいな気がした。それでも折角ここまで来ているのだ、やっぱり乗らなくちゃと必死で歩いた。つり革につかまり、息を整えるまでしばらくかかった。
肺気腫がここまで進んでいる自覚がなかったのです。
それからは、駅の階段は避けて、エスカレーターかエレベーターを使うことにしている。
夏の間、パークゴルフに天気さへよければ毎日午前中でかけていたし、ダンスも特別なことも無く踊れていた。それが、去年9月の末に風邪のひどいのにかかったのが節目で、ダンスがルンバは何とか続けることが出来るものの、ワルツ・タンゴになると4分は踊れなくなった。
ダンスから帰つてソフアに横になっていると、足がツルのです。足のそら手みたいな状況が出る。また、なぜか左肩が痛むのです。初め、使っていたカシオのソーラー時計が重たいので、そのせいかと疑って、軽い時計に変えてみたけれど、収まらない。
ただ、今、生きがいにしている詩吟の指導は、特に重大な影響なしに続けられているのが嬉しい。
まもなく、パークゴルフの季節です。多分大丈夫と思うけれど心配です。見せ掛けだけは、そんな病人に見えないのだけれど、見かけと歳は関係ない、歳相応に病気はやってきてくれるようです。