来年は85歳になる。これまであまり気にすることもなかったのだけれど、何か寂しいのです。
振り返ってみると数年前までは「死ぬ暇もない」といわれるだけ多忙だった。手稲文化協会の事務局長、北詩連西支部の総務部長を併せ持っていて各種の会議、事業の推進などに深くかかわっていて、多忙を嘆いていた。その仕事から解放された。やれやれと思ってきた。しかし、一方で何か寂しいものを感じている。今は詩吟の教室を維持するだけになった。それでも週5日(第4週を除き)の詩吟の教室勤め、人から見ると多忙ということになるのでしょうが、私自身は何か身軽になって、ちょっと寂しい感じなのです。
更に気心の知れた友人もほとんど他界してしまい、夜の街に出掛ける機会もなくなった。
いつの間にか俗世の塵から遠ざかったというか、遠ざけられたというか、そんな境遇になっている。それが自然な老いの姿なのかもしれない。老愁というのはこんなことなのでしょう。
今更抵抗しても仕方がない。でも最近暇を見つけカラオケに出向くのは、俗塵から離れたくないささやかな無意識の抵抗かもしれない。
振り返ってみると数年前までは「死ぬ暇もない」といわれるだけ多忙だった。手稲文化協会の事務局長、北詩連西支部の総務部長を併せ持っていて各種の会議、事業の推進などに深くかかわっていて、多忙を嘆いていた。その仕事から解放された。やれやれと思ってきた。しかし、一方で何か寂しいものを感じている。今は詩吟の教室を維持するだけになった。それでも週5日(第4週を除き)の詩吟の教室勤め、人から見ると多忙ということになるのでしょうが、私自身は何か身軽になって、ちょっと寂しい感じなのです。
更に気心の知れた友人もほとんど他界してしまい、夜の街に出掛ける機会もなくなった。
いつの間にか俗世の塵から遠ざかったというか、遠ざけられたというか、そんな境遇になっている。それが自然な老いの姿なのかもしれない。老愁というのはこんなことなのでしょう。
今更抵抗しても仕方がない。でも最近暇を見つけカラオケに出向くのは、俗塵から離れたくないささやかな無意識の抵抗かもしれない。