今日は4人の稽古でした。前半「不識庵機山を撃つの図に題す」「春日山懐古」をやりました。既に一度やっている吟題です。その時、健幸くらぶ詩吟の会が発足してからもう10年になることが分かりました。当初の会員からお二人が他界しています。
この吟題を扱い、上杉謙信とそれ以降の上杉について、豊臣秀吉によって会津に移され、徳川家康によって山形の米沢に移されたことを話してあげました。
戦国大名の中で侵略の戦をしなかった上杉家のあり方は謙信によって作られたものです。戊辰戦争で政府軍が山形を攻撃したけれど、攻めきれずに会津に矛先を向け、会津が攻め落とされたのちに山形は政府軍に恭順したのでした。結果、会津は新政府にひどい処分がなされ、山形は手厚く扱われることになったのです。この吟題を扱うときはこのあたりのことを話してあげれるようにしたいものです。
最後「名槍日本号」を独吟と合吟で稽古してみました。先日まで5本でやらせていた向谷さん、文化祭の 合吟で6本をこなせていたので、ひょっとして7本でもやれるのではと思ってやらせてみたら楽勝でできました。12月の研修会に詩吟を発表してほしいと頼まれていますので、一つはこの「名槍日本号」の合吟にすることにしました。