瞑想と精神世界

瞑想や精神世界を中心とする覚書

苦しみの意味

2006年02月14日 | 読書日誌
◆『存在することのシンプルな感覚』より

「苦しみ否定されるべき意識ではない。‥‥それは「統一意識」の外で生きるということが、結局のところ、不満、苦しみ、悲しみしか生まないということがわかり始めた、という意味で良いのである。境界のある人生とは、絶え間のない戦いの人生である。恐怖、不安、苦痛、死の人生である。麻痺させるような代償行為、注意の拡散、幻惑などを通じて、わたしたちは、みんなで幻の境界自体を問うことをやめてしまうことにする。しかし、この幻の境界こそ、苦しみの車輪がやむことなく回り続ける、そもそもの原因なのである。‥‥

苦しみとは、したがって、偽りの境界をそれと認識することへ向けての最初の動きである。正しく理解すれば、それは人を解放へと向かわせる。なぜなら、苦しみは境界を超えた地点を指し示すからである。」113・114(『無境界』より)


最近の自分自身を振りかえっても、苦しみが自分を成長させた。自己収縮の境界が消えたとは言えないが、それを押し広げてゆるめた。そして、その分楽になった。

今の私には、心に刺さった棘のような、ひとつの苦しみがあるが、それとてまた、私に偽りの境界をそれと認識させるきっかけとなるであろう。苦しみを避けるのではなく、ありがたいものとしてそれに直面すること。
コメント (1)
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