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流野精四郎&東澤昭が綴る読書と散歩、演劇、映画、アートに関する日々の雑記帳

楽園のカンヴァス

2012-07-07 | 読書
 原田マハの山本周五郎賞受賞作「楽園のカンヴァス」を読んだ。
 アンリ・ルソーの最晩年の作品「夢」と、それに酷似した作品の真贋をめぐって繰り広げられる美術ミステリーである。折しも本作は直木賞候補作に名を連ねたとの報道があったばかり。ネタバレに留意しながらメモしておこう。

 故郷の岡山・倉敷にある美術館で監視員をしている早川織絵だが、実はかつては天才的な視点で次々と論文を発表し、国際美術史学会で注目を集めた研究者だった。
 その彼女に、某新聞社の文化事業部長らから声がかかる。その新聞社が国内の美術館と組んで開催する大規模なルソー展にニューヨーク近代美術館所蔵の「夢」を招聘する交渉の中で、先方の学芸部長ティム・ブラウンから、織絵が日本側の交渉窓口になるなら貸し出してもよいとの条件が示されたというのだ。
 と、そこから話は17年前のティムと織絵との出会いに遡っていく……。

 17年前の1983年、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のアシスタント・キュレーター、ティム・ブラウンにあるコレクターの代理人から一通の手紙が届く。素朴派の画家アンリ・ルソーの名作を所有している、それを調査してほしいとの依頼だった。スイスの大邸宅に向かったティムは、そこでありえない絵を目にする。MoMAが所蔵するアンリ・ルソーの大作「夢」とほぼ同じ構図、同じタッチの絵がそこにはあったのだ。持ち主の大富豪は、真贋を正しく判断した者にこの作品の取り扱い権利を譲渡すると宣言する。
 ヒントとなる古書を渡されたティムと、鑑定のライバル、日本人研究者の早川織絵。ふたりの研究者に与えられたリミットは7日間。この絵は贋作か、それとも真作なのか?
 伝説のコレクター、美術館職員、オークション会社からインターポールまで、さまざまな思惑の交錯するなか、その作品の謎を追って、小説の舞台は倉敷、ニューヨーク、バーゼル、パリをめぐる……。

 とまあ、概要はこんなストーリーである。ミステリー仕立ての小説ではあるのだが、おそらく作者は本格ミステリーを書くことが目的だったわけではないように思われる。
 ミステリーの形式を借りながら、そこで描きたかったのは、アートへの熱い思いであり、芸術家の才能がいかに生まれ、見出されていくのかといった奇跡の物語なのではないか、と感じるのだ。
 いささかおとぎ話めいたルソーと彼を取り巻く当時のパリに集まった綺羅星のような芸術家たちの交流、ルソーの美のミューズとなる洗濯女ヤドヴィガとの出会い、そして何よりルソーの才能をいち早く見抜いた天才、パブロ・ピカソの炯眼と友情。
 さらには貧窮と苦悩のなかから生み出された芸術作品を愛してやまない人々の姿。
 そうしたもののすべてが作者の描きたかったものなのだろう。
 作者自身、森美術館の開設準備に携わったり、MoMAでの勤務経験を持ち、フリーのキュレーターとしての豊富なキャリアを持っており、そうした中で育まれたアートへの愛が深くこめられた小説なのだ。
 ヤドヴィガへのルソーの一途な思いに同情し、ピカソの姿に心躍らせられながら、何より、ティム・ブラウンと織絵の二人の主人公のルソーの作品への思いとともに深まりゆくお互い同士の愛の行方に心が熱くなる。
 それはこんな文章に表れているだろう。以下、引用。

 「このさき、自分をどんな運命が待ち受けていても、どんな立場になっても。アートに寄り添って生きる、自分の決心は変わらない。」
 「君の人生が、豊かであるように。いつまでも、アートに寄り添う人生であるように。そして、いつかまた、会えるように――。」
 「生きてる。/絵が、生きている。/そのひと言が真理だった。この百年のあいだ、モダン・アートを見出し、モダン・アートに魅せられた幾千、幾万の人々の胸に宿ったひと言だったのだ。」

 最終章のこれらのくだりからは読みながら胸がいっぱいになってしまった。
 最近、私自身がアートから見放されたように感じていたからだろうか……。
 ラストシーンの心地よい余韻が心を打つ。ミステリーの形式によるアートを介した恋愛小説の佳品である。




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