内地にいると沖縄のことがよく分からない。これは沖縄に限ったことではない。先日の大阪市での住民投票も余所者には分からないことだらけだった。30数年住んでいた大阪のことでさえ2年半離れているだけで分からなくなるのだから、十数回旅行で訪れただけの沖縄のことが分からないのはある程度仕方なかろう。
一番疑問に思っているのは、沖縄県民は本当に普天間基地の撤去を望んでいるのか、ということだ。普天間の移設問題は、1995年に起こった少女暴行という痛ましい事件を契機にして長い交渉を経てようやく辺野古への移設ということで何とか合意に至った。もし辺野古をボツにすれば交渉は1からやり直しになり、この先何年あるいは何十年掛かるか分からない。それよりは辺野古に移設したほうがずっとマシだろう。
「撤去」という理想論では絶対に解決できない。増してや「辺野古阻止」というスローガンに至っては「普天間存続」という主張と実質的に同じだ。本人に悪意は無いだろうが、「改憲反対」が「解釈改憲」を招いたように目先のことに捕らわれていれば最悪の結果を招くことになるのではないだろうか。
勿論、私は政府のやり方を全面的に支持する訳ではない。特に怒りを感じるのは翁長知事に大して「代替案を出せ」と迫っていることだ。マスコミはこのことには余り触れないが、これは無理な注文だ。沖縄県知事としては「県外のどこか」としか答えようが無い。こんな発言をすればNIMBY(Not In My Bacck Yard)として非難される。かと言って県内のどこかを指定することもできない。だからこれは沖縄県知事としては回答不可能な詰問だ。
オスプレイの危険性に関する騒動も上滑りだ。オスプレイが奇妙な形をしているからかつての「未亡人製造機」のイメージで非難するが、現在の老朽化したCH-46よりも危険とは思えない。10万飛行時間当たりでの重大事故発生率はCH-46の1.11に対してオスプレイは1.93であり、確かに高い。しかし速度は2倍ほどなのだから距離当たりで見れば同等あるいは少し安全と言えよう。更に航空機の事故率がバスタブ曲線を描くことも考慮すれば早急に切り替えたほうが安全なのではないだろうか。航空機の事故率は開発当初は高くその後は低くなるが、老朽化すれば急激に高くなる。これをグラフにすればまるでバスタブのようになる。開発当初の危険期を過ぎたオスプレイのほうが老朽化したCH-46より現時点では安全と思える。
一番疑問に思っているのは、沖縄県民は本当に普天間基地の撤去を望んでいるのか、ということだ。普天間の移設問題は、1995年に起こった少女暴行という痛ましい事件を契機にして長い交渉を経てようやく辺野古への移設ということで何とか合意に至った。もし辺野古をボツにすれば交渉は1からやり直しになり、この先何年あるいは何十年掛かるか分からない。それよりは辺野古に移設したほうがずっとマシだろう。
「撤去」という理想論では絶対に解決できない。増してや「辺野古阻止」というスローガンに至っては「普天間存続」という主張と実質的に同じだ。本人に悪意は無いだろうが、「改憲反対」が「解釈改憲」を招いたように目先のことに捕らわれていれば最悪の結果を招くことになるのではないだろうか。
勿論、私は政府のやり方を全面的に支持する訳ではない。特に怒りを感じるのは翁長知事に大して「代替案を出せ」と迫っていることだ。マスコミはこのことには余り触れないが、これは無理な注文だ。沖縄県知事としては「県外のどこか」としか答えようが無い。こんな発言をすればNIMBY(Not In My Bacck Yard)として非難される。かと言って県内のどこかを指定することもできない。だからこれは沖縄県知事としては回答不可能な詰問だ。
オスプレイの危険性に関する騒動も上滑りだ。オスプレイが奇妙な形をしているからかつての「未亡人製造機」のイメージで非難するが、現在の老朽化したCH-46よりも危険とは思えない。10万飛行時間当たりでの重大事故発生率はCH-46の1.11に対してオスプレイは1.93であり、確かに高い。しかし速度は2倍ほどなのだから距離当たりで見れば同等あるいは少し安全と言えよう。更に航空機の事故率がバスタブ曲線を描くことも考慮すれば早急に切り替えたほうが安全なのではないだろうか。航空機の事故率は開発当初は高くその後は低くなるが、老朽化すれば急激に高くなる。これをグラフにすればまるでバスタブのようになる。開発当初の危険期を過ぎたオスプレイのほうが老朽化したCH-46より現時点では安全と思える。