フィリピン国際結婚・菜の花の主婦日記goo版

南国フィリピン便りー結婚しフィリピン在23年。22才長女、20才息子、9才末娘のお母さんである私の毎日ー

主人が友達の息子さんのGod father になりました(フィリピン教会のしきたり)

2012年02月12日 22時01分09秒 | フィリピンの習慣など
昨日はず~っと気持ち悪くて寝られないと思っていたら、今朝からお腹を壊して、どうも食中毒だったみたいです。昨日のパーティーに一緒に行ったメイドさんも朝からお腹を壊してたそうだし。ただ桃ちゃんと主人がならなかったのが幸い。

フィリピンのケータリングでお腹を壊すことってたまにあります。パーティーの始まる何時間も前に調理して保温もせずに運んで来てセッティングし、パーティーの始まるまで気温30℃~35℃の繁殖しやすい温度のまま置いてあるせいですね。特に牛乳が使われているホワイトソース系、トマトが使われているトマトソース系など注意が必要だと思います。



そして今日は夕飯に主人のお友達の息子さんの堅信式のお祝いに呼ばれました。日本語では堅信式と言いますが、英語では「confirmation」です。これはカトリックの儀式なんですが、生まれた時に親が洗礼を受けさせるのは皆さんもご存知だと思いますが、ある年齢になると今度は自分がカトリック信者として生きていく決心のような式をするのです。この儀式は普通の司祭(神父)が執り行うことが出来ず、司教という位の高い司祭が執り行います。



(青い唐辛子にタコスのソースや牛挽肉を詰めてピザの薄い皮を巻いてオーブンで焼いた料理)



フィリピンではこの儀式を公立の学校に行ってる子は教区のカテドラルという大聖堂でまとめて行うことが多いのですが、カトリックの学校では学校に司教を呼んでまとめて年に一度やっています。実は私はこの学校で執り行う堅信式には反対なんですけどね。宗教の問題は子どもが自動的に決めるべきじゃないと思います。大学に入ってからでも、社会人になってからでも、自分が本当にカトリックでこれからも生きたいと思って決断出来る年齢に決めたら良いと思うのです。宗教を持たない人が悪いと私は思いませんし。むしろ自動的に堅信式を受けさせ、でも本当は自分はカトリックとして生きたくなかったと後で思う方が本人にも、教会にとっても損失だと思います。



(フィリピン人はこういうお寿司が大好き。主人の友人は日本に行ってこういうお寿司が何処にもないと嘆いてたので、それならアメリカに行ったらあるわよ~と話しました。)




今回、堅信式を受けた男の子はアテネオ小学校の7年生。今年の3月に卒業して、6月からはハイスクールです。お父さんはJPモルガンの副社長をしていて、お母さんは幼稚園の先生だったのですが今は自宅に小さい幼稚園を作って幼稚園経営をしてるそうです。





なので話題は銀行や税金の話し~。主人と、主人の友人の間に挟まっていた私。本当は奥様の隣に座っていたかったかな~。






フィリピン語では God father のことを「Ninon(ニノン)」、God mother のことを「Ninan(ニナン)」と呼びます。日本語では小説などで「名付け親」などと訳されていることが多いのですが、洗礼の時に出て来ることが多いからでしょう。
日本のカトリック教会では「代父(だいふ)」「代母(だいぼ)」と呼ばれています。

ただ、日本のカトリック教会と大きく違うのは、このニノンやニナンは結構、子どもが将来、頼りにしたり、クリスマスになるとお小遣いを貰えたりする存在だということ。

結婚式の時にニノンやニナンになると、日本の仲人さんのような感じですが、フィリピンの場合、12人くらい居たりして、一人ずつが結構大金を結婚するカップルに贈ります。人や階層によって金額は違うと思いますが、1万ペソ~10万ペソ(17,500円~17万5千円) 、それ以上だったり様々。なのでニノンやニナンのことを「スポンサー」と呼んだりもします。

また、義姉などはニナンの一人が産婦人科医だったので、お産は全てその方のところでして、全部無料でした。検診から出産までです。
こういう特典を狙ってニノン、ニナンに医者や弁護士を選ぶ人が多いのは確かですね。

洗礼式では一人の赤ちゃんに10人などは普通です。日本のカトリック教会だと女の子なら女性の代母さん1人、男の子なら男性の代父さん1人だけなんですが。堅信式も同じです。

フィリピンの場合、堅信式では男性一人、女性一人を代父、代母としてつける(合計2人)ようで、長女の時もそうでした。

それから日本では洗礼名というクリスチャンの名前(戸籍とは関係ない聖人の名前)を付けるのに対し、フィリピンでは出生証明に載せた名前のみが使用出来ます。なのでその名前が聖人とかけ離れた名前、例えば日本名の「浩二」とか、それでもその名前を洗礼でも、堅信式でも使います。

理由は多分、洗礼証明が出生証明の代わりとして使うことが法律で認められることがあるせいだと思います。今は厳しくてあまり認められませんが、それでも出生証明がない場合、同一人物と認める大事な書類になるのです。






日本に居る時からカトリックだった私は主人と相談して自分の子ども達には洗礼の時に代父、代母、一人ずつのみ付けました。子どもが頼れる人とかではなく、私たち夫婦にとって素敵だと思った人達を選びました。なのでクリスマスに会いに行ってお小遣いを貰うなんてしたことはないですし、子ども達はあまり親しみも感じてないかもしれません。

フィリピンに住んでいるので一体、それが良かったのかどうか、今は疑問ですね。多ければ多いほどその子を可愛がってくれる人が多くなりますから。子どもにとってはそういう人が多いって良いことじゃないかと思うんです。私も実際、ニナンになった子ども達は数人しか居ませんが、クリスマスには特別な贈り物をすることが多いです。



代母、代父になった人はその子ども達を性別に関係なく「ina-anak(イナアナック)」と呼びます。フィリピンでは特別の存在って感じで、世話好きな人は覚えていてプレゼントをあげたり、親がしてあげられない出費を出してあげたりしてる人もいます。

貧しい国なので、それで沢山のニノンやニナンをつけて、多くの人が子どもの成長を見守ってあげるしきたりなんでしょうね。

ま、家は3人の子ども達、全員疎遠なニノン、ニナンばかりでちょっとフィリピン社会のこういう習慣の恩恵は受けてません。

大勢付けても中には無視する人もいるし、なので実際には人によっては名前だけニノンやニナンになってそれっきりと言う人もいて、どれだけ意味があるか分からないって言う人もいるのも現実です。


お腹を壊していて1日中殆ど何も食べてなかったのでレストランのお食事、本当に美味しく頂きました。

フィリピンの学校での「母と娘の集い」

2012年02月12日 22時01分09秒 | 子ども達とフィリピンの学校


年長さんの桃ちゃんの学校で先日行われた「母と娘の集い」の様子です。

前半は講演が行われました。子ども達は別の場所で何かしていたようです。通常の授業はこの日はありませんでした。いつものパジャマ風制服ではなくて私服での登校です。


講演会の内容はこちらに載せました。
カリール・ジブラン「子どもについて」の詩
動画「人生は一杯のコーヒーのようなもの」
親子についての講演会(最終回)




親の講演会の後、廊下に出ると子ども達が待っていて、廊下に先生の用意したビニールマットが敷かれていてそこで親子でおやつをして下さい~と言われました。日本と違ってここは土足でマットにあがるんですね。桃ちゃんは仲良しの子を呼んで一緒に座り、もう1人の仲良しの子も呼んだけど来なかったので2人+母親2人でのおやつ。この年になるとしっかり仲間が分かれてるんですね。





おやつの後、さっき講演会をした会場に戻ると椅子がどけてあって、ここにもマットが敷かれていて、親子で工作をして下さいと材料と説明のプリントを渡されました。今度は出席番号ごとにグループが分かれていました。







私は英語の説明書を一生懸命読みました。工作の説明って分かりにくい・・






なんとかさまになってきましたね~。






さらに桃ちゃんのリクエストで洋服にボタンを付けました。
この後、先日ブログでお見せした歌の発表会があり、終了になりました。






先日から長電話をしてるお友達が通り過ぎました。本当にこの子とは一時、3時間も4時間も電話で話してたんですよ。でも桃ちゃんが最近そっけなくして段々電話しなくなりました。桃ちゃんって根気がないところがちょっとあるかも。自分の用事があると「今これから何々するから切るね~」とさっさと電話を切ります。






そしてこの日は体操の日だったので久々に見学していました。(手前の一番右が桃ちゃん)
学校でやってる器械体操で桃ちゃんのグループは「ジュニア・ヴァーシティー」と呼ばれています。週に3回の練習に出る事が義務づけられてます。

フィリピンの器械体操って日本に比べたらかなり系統だった訓練とかないし、補助とかサポートも人間の手だけでちょっと怖い感じです。
長女は自分も昔はきちんとした先生についてバレエをしたわけではないのですが桃ちゃんの腹筋の仕方が間違ってる、それだと怪我に繋がるとか色々言ってます。

こうやってみると桃ちゃん、まだまだ小さいですね。

6月から小学校1年生ですが今度から学校のカフェテリアを使用することになるので来週練習しますからお金を持って来させて下さい、と売ってる物の値段表のついた手紙が来ました。フィリピンのカフェテリアは栄養が考えられてるなどは全くなくて、外部の人が場所代を払って学校と契約して入ってるだけなのです。だから売ってる物もピザ、ホットドッグ、フライドポテトなどばかり。野菜や牛乳なんて売られてません。売っても子ども達が買わなければお店を出した人は損ですものね。

義父の誕生パーティー

2012年02月12日 04時22分57秒 | フィリピン親戚との関わり
フィリピンでは誕生日の人が出費して友達などを招待して御馳走を振る舞うという習慣があるのですが、今日、89才になられた義父のお誕生日、朝はお友達中心に、夕方からは親戚中心にと、2度に分けて行われました。

朝は友人中心と言っても自分の子ども達や孫などにはお客さんのお相手をさせる為もあって招集をかけるのです。
(主人の携帯に朝5時に義父から電話)

主人は毎週土曜日に遠出して自転車乗りに行くのを楽しみにしているので「菜の花、行って来て~」とお願いされしぶしぶ行ってきました。



夕べは桜が事故って早く寝れなかったし、私が行ったのは午前7時半頃。もうお客さんは帰るところでした。汗
なので100人のお客さんのお相手はしなくて済んで良かったけど。

朝食の様子はこんな感じ。2時間くらい義両親とお話して、今日は桜が大学の講義の一貫で泊まりがけで地方に行くので運転手さんが大学まで送って行かなくてならず、午前10時までに帰らなくてはならないと急いでおいとましました。



寝不足の私、桃ちゃんの体操教室も、絵画教室も、両方休ませてしまいました。お昼までは起きてたんですけどね~。桃ちゃんを朝シャワーに入れてご飯を食べさせたらお昼寝してしまい、午後4時に桜が車をぶつけた相手が私の携帯に電話してきて起きました。




夕方のパーティーはケータリングを頼んだようです。持ち寄りの時もあったんですが今年はケータリングを頼んでくれて皆、ホッとしたと思います。やっぱり大人数の招待客分の料理を持参するのは1品でも大変。





桃ちゃんは何故か天使の衣装で参加して皆の注目の的でした。でも今日は年齢が近い子が誰も居なくてつまらなそう。






2階の手すりから下を見てる桃ちゃん。かと言って、私や主人はお客様のお相手をしなくてはならないので桃ちゃんに構ってあげることは出来ませんし。






実は私、MSG(化学調味料)で化学火傷をしてしまうんです。ただ症状が出るのが食べて2時間後くらい。
先週の水曜日に桜が日本から帰って来た日、飛行機が遅れたので近くの中華料理屋さんで待機してたんですが、家に帰ってから口の粘膜が痛くなって、それ以来、口内炎2つの他に口の中全体がヒリヒリしていてまだ治らないんです~。涙

本当にどんだけ化学調味料入れたの~?ってほど入れたと思います。前にレストランで働いてたことのあるメイドさんが言うには一つの鍋に1カップくらいのMSGを入れるのは普通だったって。

フィリピンではこういうレストランがたまにあるので困っちゃいます。胃も当然荒れるので一週間位辛いです。






今日のお料理は化学調味料が入ってるかどうか分からなかったので多くの量は食べなかったのですが、






こんなデザートも取らなかったし、






魚、鶏、豚のスペアリブも味見程度に取ったくらいで、





ローストビーフとソースをメインにして、
そしてサラダは野菜が好きで結構食べてしまったのですが、家に帰って来てから胃がもたれ始め・・

もしかしたらローストビーフのソースに脂身が使われてたのかなとか、
サラダドレッシングが始めから合えてあったのですが質の悪い油だったのかなとか、

気持ち悪くて眠れない・・





帰りは主人の姪とアメリカから来た主人のいとこの奥さんがマカティまで乗せて欲しいと言うので送って行ったんですが、そのせいで家のメイドさん、車に乗れず、公共の乗り物で帰って来てとお金を渡しました。ところが午後10時過ぎてたせいで乗り物があまり動いてなかったみたいで、午後11時半に帰宅したらまだ帰って来てないんです。
(急いで運転手さんに迎えに行ってもらいました)

主人の姪は教会熱心姉さんの2人の娘の末娘なのだけど、彼女はアパレル関係に進みたいとか、ファッションデザイナーの勉強したいとか言ってたんですよ。でも親が反対してるから勉強出来ない、今、アルドってお店で働いてるのだけど安い給料なので留学するほどはお金が貯まらないって。それに母親がきついから絶対に許可するわけないと。なので車の中で、決めるのはあなただし、親を説得しても悔いのない人生を送ったらいいんじゃないの、海外に出ても勤労学生になることだって可能だと思うわよ、などと話してました。

と言うのは一緒に乗ってたアメリカで栄養士として病院で働いてる彼女はフィリピンを出てアメリカに行って、グリーンカードを持ってると偽って仕事を見つけ、ニューヨークで栄養士の修士を取った人なのです。働きながら親の仕送りもなく自分の道を切り開いた、でも凄く大変だったと今でも回想してました。お医者さんのご主人とは卒業間近に出会われて結婚。でも病院で栄養指導の仕事は今も続けておられます。

でもその姪、今日はパーティーに行ったのだけど、午後11時に送って行くと「まだ始まってないのよ~。普通は12時頃から始まって明け方までなの~。」って。

桜が言ってたのはこれか~って思いました。桜はパーティーに行かないし、行ってる学生をちょっと見下してるんです。学生なんだから勉強すべきでしょ、って言うわけです。「私はバレエはやりたいし、勉強もおろそかにしたくないけど、パーティー三昧で生活が乱れるのは絶対に嫌だ。」って。

今日、姪を送って行くまで実際にパーティーが明け方までなんて全然知りませんでした。と言うか厳しい母親だって言うわりにはそんなの許可するんですね。

彼女が降りてからアメリカで栄養士をしてる彼女が

「彼女はここで凄くいい生活して、何不自由ない、恵まれた生活してるからね~。She's not sure.(自分でも本当はそれがしたいかわからない)」とコメントしているのを聞いて、そうなんだな~と共感しました。母親が厳しいから許さないと言ってるのはその方が聞こえが良いから言ってるだけで、本当は自分自身、そんなに苦労して勉強する気はないのだと思います。

もう今の仕事を辞めて主人の会社に移って来る話しをしてるし。主人の会社は養鶏場や銀行などでアパレル業界とは全く関係ないんですけどね。それにこの地方銀行を任せられる姪や甥が一人も居ないので困ります。なんか楽で早く帰れる仕事はしたいけど、銀行業務などちょっと勉強が必要で大変な仕事だと能力もないし、やる気もないみたい。主人は今年、突然銀行を任されたので7月のフランス旅行をキャンセルしないといけないかもしれない、と言ってます。私も桃ちゃんもパリで遊ぶのはお預けかな~。もっとも桃ちゃんは小学校1年生で勉強や試験が大変になるので皆が2週間もパリに行くなんて絶対に学校が許可しないよ~って言うんですよね。

フィリピンの学校ってそうなのかしら。小学校なのに忌引きでも休ませない親が多いのは成績に影響するのが嫌だからって。子ども達も休みたがりません。どんだけ厳しい~と思うわりには私はフィリピンの学校教育から生まれた若者たち、イマイチな人も大勢いるのであまり信用してないんですけど。

勉強って成績じゃないと思うのですけどね。成績は先生の決めた基準に沿って出されるので、その先生の基準がずれていたらずれた基準で判断された成績しか出て来ないわけです。
社会に出て、又はその前に大学に入って本当に必要な知識や能力と言うのが培われていたかどうかは、小学校~高校の先生がたまたま教えたかもしれないし、教えなかったかもしれない。だから成績が良かった人が世の中で(仕事や専門の学問の場などで)活躍するかと言うと、そうとは限らないですよね。