桃ちゃんの幼稚園ではたま~に算数遊びセットを家庭でやらせて下さい~と子どもに持たしてくる。
説明書を英語で読むのが面倒だけど、こういう学校から来るゲームは桃ちゃんは大好き。
入ってたのは数字の書いてあるカードと、大きいビーズと、2色に分かれた紙。
説明書きが長ったらしかった割には簡単な遊びだった。

先ず、好きな数字のカードを取って、それを2色のカードの真ん中に置いて、

数字の数だけのビーズを取って、二色の紙のそれぞれに分けて置くだけ。

こんな感じ。

その組み合わせを桃ちゃんは紙に書いてました。
(別に書きなさいと指示はなかったけど)

桃ちゃんは一つの数字に2つずつの組み合わせしか書かない、と自分で決めたので、これは別に宿題じゃないし(提出しなくていいし)好きなやり方でやらせました。
それにしても桃ちゃんの幼稚園、去年の年中さんでは足し算、引き算があったのに、今学年(年長さん)では分数が出て来ただけ。
それなのに来年は突然小学校1年生を飛ばして2年生になるの~大丈夫かな。
*******************************************************************
ところで色々利用される事が多い私に息子の学校のある保護者が助言してくれました。
あくまでもフィリピン限定かもしれませんが、今、日本にもフィリピン人が多いし、誰かの役に立つといいな~と思って書いておきます。
誰かに寄付とか援助とか求められることがフィリピンではとっても多い。
そんな時、相手の必要な金額、又は物の10%だけ最初にあげなさい、そして暫くしてまた援助を求めたらまた10%、と言う風に最初から全部与えずにちょっとずつ、ちょっとずつ援助してあげるそうなんです。そうするともの凄く恩を感じるし、感謝もされる。最後には100%あげる事になるかもしれないが、もしそこまで行き着いたら一生の恩を感じたと喜ぶ。でも最初から100%あげてしまうと何の恩を感じないどころか、後で返せと言われないようにわざと喧嘩別れに持っていったり、金持ちだから当たり前、自分はアンタみたいな人がいるからお金がないなど筋違いの感情を抱いたり、とにかく感謝はしないことが多い。
そして偶然だけど、長女がフェイスブックでこんなつぶやきを・・
The reason why people start taking you for granted is because you are starting to give too much.
周りの人があなたを利用して当然と思うようになり貰いっぱなしで平気になるのは何故かと言うと、あなたがその人に必要以上にあげてしまったから。
私も今学年は息子の友達の事で色々失敗しましたよね。別に彼らに払って欲しいと思ってはいないけど、感謝されないのは私にも問題があったわけですね。
そう言えば昔だけど外国人の弁論退会である外国人が言ってたのを思い出します。(大体こんな感じの文章)
「日本人に何かをプレゼントしたらありがとうと言われました。その次の会ったらその人はまた私に有り難うと言いました。そして何度も何度も同じプレゼントの事でお礼を言われたので、何故なのかわかりませんでした。またプレゼントが欲しいから催促してるのかなと思いました。私の国ではお礼は一度しか言いません。でも日本人はいつまでも覚えていてお礼を言います。」
なんかこういう日本人の恩を覚えている、して貰った事を忘れない、って素敵だと思います。
フィリピンに住んでても私はやって貰った事は忘れないです。でも私は日本人なので私がやってあげた事も忘れない。だからって相手に恩をきせたりはしないけど、やって貰った事も、やってあげた事も忘れない。
フィリピン語には「オタン ナ ロオブ(恩)」って言葉がありますが、日本の恩とは全然違う。
「オタン」は借金のこと、ロオブは心。
じゃあ「恩」だろう、と思うとそうでもない。
その言葉とかなり矛盾してる言葉は「ソンバット(sumbat/nanunumbat)」で、フィリピン人はこれを凄く嫌う。
タガログ語のオンライン辞書でソンバットを引くと「叱る」とか「罪の意識」など書いてあるけど、実際には私にとっては「恩をきせる」って意味。
例えば私がメイドさんに「お米が沢山取れたからどうぞ持っていって。でも良かったら超過勤務は払えないけど明日、働いてくれないかな」と頼んだとする。でもそのメイドさんはお米は貰ったけど次の日欠勤したとする。その時に私がそのメイドさんに「あなたが来ると思って待ってたのに。お米もその為にあげたでしょ。」と言ったらそれは「ソンバット」
こんな事をフィリピン人のメイドさんに言ったら泣き出して怒って仕事を辞めてしまう。屈辱なのです。
「私が貧しいと思って恩をきせるんですね」
と言うわけ。
フィリピン人に物をあげる時にはその事について二度と口に出さない覚悟が必要。
だから先日のライアン君の卒論制作費も私がライアン君に「あなた達の出費は私は出してとは言ってないでしょ。でも先生から払い戻し出来るって保護者から聞いたから私が聞きに言ったら変だから聞いて来て。」とお願いしたのも、ライアン君にとってはきっと「ソンバット」で屈辱で、信じられない私の態度なのだろうと思う。
フィリピン人は自分から恩を感じるのは良いけど、あんた(恩をくれた人)には言われたくない。
しかも、本当に恩を感じるかと言うと、最初に書いたように、始めから全部あげてしまうと恩を感じないよう。
ちょっとずつあげた方が感謝もされ、恩も感じる場合が多いとか。
そして彼らに借金を申し込まれるのは本当に面倒。何故かと言うと彼らは平気で
「あなたは車何台持ってるじゃないの」とか、「自分の家を持ってるけど私は借家なのよ」とか、「あんたの子どもは高い私立に通ってるのよね。金持ちは違うわね。それに比べて私の子は公立よ。私に恵む借金くらい簡単に出せるでしょ。」と詰め寄ってくる人が中にはいる。
泣き落としでも、無理押しでも、昼メロドラマ並みの演技でも何でもする人は大勢いる。
そんな時に良い断り方を見つけたので重宝している。それは彼らと同じレベルの問題を提示すること。(内容は嘘でもいい)
「車を買っちゃったのだけど、実はその直ぐ後に日本の父が骨折して手術代が払えないから銀行に借金する羽目になったの。子どもの学費も義両親から恵んでもらったのよ。」
フィリピン人はあちこちに借金してそのまま返さない人が多いので、借金して大変という文句は彼らにはもの凄く有効な断り理由になる。そんな理由を言うと借金の申し込みを直ぐに取り止め、むしろ同情、共感してくれることが殆ど。頭から「家は借金はしない方針なので」なんて言う言葉は通じないフィリピン人。色々な付き合い方のテクニックが要ります。
長女の桜は私よりもっと色々なテクニックがあるので今度はそれも紹介しますね。
説明書を英語で読むのが面倒だけど、こういう学校から来るゲームは桃ちゃんは大好き。
入ってたのは数字の書いてあるカードと、大きいビーズと、2色に分かれた紙。
説明書きが長ったらしかった割には簡単な遊びだった。

先ず、好きな数字のカードを取って、それを2色のカードの真ん中に置いて、

数字の数だけのビーズを取って、二色の紙のそれぞれに分けて置くだけ。

こんな感じ。

その組み合わせを桃ちゃんは紙に書いてました。
(別に書きなさいと指示はなかったけど)

桃ちゃんは一つの数字に2つずつの組み合わせしか書かない、と自分で決めたので、これは別に宿題じゃないし(提出しなくていいし)好きなやり方でやらせました。
それにしても桃ちゃんの幼稚園、去年の年中さんでは足し算、引き算があったのに、今学年(年長さん)では分数が出て来ただけ。
それなのに来年は突然小学校1年生を飛ばして2年生になるの~大丈夫かな。
*******************************************************************
ところで色々利用される事が多い私に息子の学校のある保護者が助言してくれました。
あくまでもフィリピン限定かもしれませんが、今、日本にもフィリピン人が多いし、誰かの役に立つといいな~と思って書いておきます。
誰かに寄付とか援助とか求められることがフィリピンではとっても多い。
そんな時、相手の必要な金額、又は物の10%だけ最初にあげなさい、そして暫くしてまた援助を求めたらまた10%、と言う風に最初から全部与えずにちょっとずつ、ちょっとずつ援助してあげるそうなんです。そうするともの凄く恩を感じるし、感謝もされる。最後には100%あげる事になるかもしれないが、もしそこまで行き着いたら一生の恩を感じたと喜ぶ。でも最初から100%あげてしまうと何の恩を感じないどころか、後で返せと言われないようにわざと喧嘩別れに持っていったり、金持ちだから当たり前、自分はアンタみたいな人がいるからお金がないなど筋違いの感情を抱いたり、とにかく感謝はしないことが多い。
そして偶然だけど、長女がフェイスブックでこんなつぶやきを・・
The reason why people start taking you for granted is because you are starting to give too much.
周りの人があなたを利用して当然と思うようになり貰いっぱなしで平気になるのは何故かと言うと、あなたがその人に必要以上にあげてしまったから。
私も今学年は息子の友達の事で色々失敗しましたよね。別に彼らに払って欲しいと思ってはいないけど、感謝されないのは私にも問題があったわけですね。
そう言えば昔だけど外国人の弁論退会である外国人が言ってたのを思い出します。(大体こんな感じの文章)
「日本人に何かをプレゼントしたらありがとうと言われました。その次の会ったらその人はまた私に有り難うと言いました。そして何度も何度も同じプレゼントの事でお礼を言われたので、何故なのかわかりませんでした。またプレゼントが欲しいから催促してるのかなと思いました。私の国ではお礼は一度しか言いません。でも日本人はいつまでも覚えていてお礼を言います。」
なんかこういう日本人の恩を覚えている、して貰った事を忘れない、って素敵だと思います。
フィリピンに住んでても私はやって貰った事は忘れないです。でも私は日本人なので私がやってあげた事も忘れない。だからって相手に恩をきせたりはしないけど、やって貰った事も、やってあげた事も忘れない。
フィリピン語には「オタン ナ ロオブ(恩)」って言葉がありますが、日本の恩とは全然違う。
「オタン」は借金のこと、ロオブは心。
じゃあ「恩」だろう、と思うとそうでもない。
その言葉とかなり矛盾してる言葉は「ソンバット(sumbat/nanunumbat)」で、フィリピン人はこれを凄く嫌う。
タガログ語のオンライン辞書でソンバットを引くと「叱る」とか「罪の意識」など書いてあるけど、実際には私にとっては「恩をきせる」って意味。
例えば私がメイドさんに「お米が沢山取れたからどうぞ持っていって。でも良かったら超過勤務は払えないけど明日、働いてくれないかな」と頼んだとする。でもそのメイドさんはお米は貰ったけど次の日欠勤したとする。その時に私がそのメイドさんに「あなたが来ると思って待ってたのに。お米もその為にあげたでしょ。」と言ったらそれは「ソンバット」
こんな事をフィリピン人のメイドさんに言ったら泣き出して怒って仕事を辞めてしまう。屈辱なのです。
「私が貧しいと思って恩をきせるんですね」
と言うわけ。
フィリピン人に物をあげる時にはその事について二度と口に出さない覚悟が必要。
だから先日のライアン君の卒論制作費も私がライアン君に「あなた達の出費は私は出してとは言ってないでしょ。でも先生から払い戻し出来るって保護者から聞いたから私が聞きに言ったら変だから聞いて来て。」とお願いしたのも、ライアン君にとってはきっと「ソンバット」で屈辱で、信じられない私の態度なのだろうと思う。
フィリピン人は自分から恩を感じるのは良いけど、あんた(恩をくれた人)には言われたくない。
しかも、本当に恩を感じるかと言うと、最初に書いたように、始めから全部あげてしまうと恩を感じないよう。
ちょっとずつあげた方が感謝もされ、恩も感じる場合が多いとか。
そして彼らに借金を申し込まれるのは本当に面倒。何故かと言うと彼らは平気で
「あなたは車何台持ってるじゃないの」とか、「自分の家を持ってるけど私は借家なのよ」とか、「あんたの子どもは高い私立に通ってるのよね。金持ちは違うわね。それに比べて私の子は公立よ。私に恵む借金くらい簡単に出せるでしょ。」と詰め寄ってくる人が中にはいる。
泣き落としでも、無理押しでも、昼メロドラマ並みの演技でも何でもする人は大勢いる。
そんな時に良い断り方を見つけたので重宝している。それは彼らと同じレベルの問題を提示すること。(内容は嘘でもいい)
「車を買っちゃったのだけど、実はその直ぐ後に日本の父が骨折して手術代が払えないから銀行に借金する羽目になったの。子どもの学費も義両親から恵んでもらったのよ。」
フィリピン人はあちこちに借金してそのまま返さない人が多いので、借金して大変という文句は彼らにはもの凄く有効な断り理由になる。そんな理由を言うと借金の申し込みを直ぐに取り止め、むしろ同情、共感してくれることが殆ど。頭から「家は借金はしない方針なので」なんて言う言葉は通じないフィリピン人。色々な付き合い方のテクニックが要ります。
長女の桜は私よりもっと色々なテクニックがあるので今度はそれも紹介しますね。