フィリピン国際結婚・菜の花の主婦日記goo版

南国フィリピン便りー結婚しフィリピン在23年。22才長女、20才息子、9才末娘のお母さんである私の毎日ー

息子の高校卒業式写真

2012年04月17日 05時52分29秒 | フィリピンサイエンス高校(PSHS)
2012年3月29日、フィリピンサイエンス高校メインキャンパスの卒業式が行われたのだけど、
まだちゃんと写真を載せてませんでした。

4年間、大変だった~。
どんだけ大変だったかここに書くと何百ページにもなるから書かないけど。






主人と私と息子と撮った写真はこれだけ。
嫌がる息子と無理矢理撮ったけど運転手さんにシャッターを頼んだらこうなった・・。







友達と写ってる写真はどれも楽しそうなのよね。
家で見せる態度とは違って学校では本当にいつも楽しそう。
(一番背が高いのが息子)







式の始まりも終わりも軍事訓練でオフィサーを勤める現3年生が式の行進の誘導や客席の周りに断って警備にあたってた。
4年生(卒業生)でオフィサー(指揮官)だった生徒は「Power tripping」だと言われて生徒だけじゃなく親にまで評判悪かった~。

パワー・トリッピング、つまり権力乱用。








卒業生全員が舞台に上がってわけのわからない歌を歌ってた。
誰が選曲したんだ~って思うほど変な歌。
と言うか多分ポップ音楽(?)で、テンポが早くて、全員で歌うには歌詞を同時に歌うのを合わせにくく、そのせいもあって声も小さくて、何を歌ってるのかさっぱり。








卒業証書をもらう息子。
あの三角帽子って大学院で修士や博士号を持った人しかかぶれないんですよね。
後、線の数とか決まってたような気が。

握手してる先生は社会科で博士号を持ってて息子が1年生の時にフィリピン史を教えてくれたけど、人柄は本当に素敵な先生だったけど、彼女が出した宿題には苦労した。

息子は何でも自分でやってきたけど、この宿題は私がやった。
内容は15世紀以前の文献の残っていない時代のフィリピンについて書かれた文献を探してこい、
それを元にある特定の年月日と場所を選んで新聞を作れってもの。
しかも何か事件とか誰が統治してたとか、
時代に即した4コマ漫画やクロスワードパズルも書かなきゃいけなかった。

1年生って言えば11~13才のクラス。息子は13才だったけど。

新聞を適当に作るなら簡単だけど、ある年月日で作るって凄く大変。
しかも文献が殆どないし。
アテネオ大学が出版したある日本人が調査した英語で書かれた文献をたまたま見つけて凄く役にたった。

でもきっと適当で良かったんだよね。
先生なんてきっと調べようがないし、読んでもいないと思うわ。

この先生はフィリピン史の中でスペイン統治前半からそれ以前が好きだったけど、いや、本当に好きだったか疑問です。







卒業生にスピーチしたこのおっさん。
タガログ語だったから何を言ってるか分からなかったけど
(だから息子もわからなかったんじゃないかと思う)
主人が言うにはインスピレーションを卒業生に贈ることもないつまらない頭の悪いスピーチだったとか。

大臣だか何だか知らないけどがっかり。
ま、フィリピン語がわからない息子には意味がある事でも分からなかったと思うから一緒か。










左寄りにカメラが設置されてて舞台の邪魔になってますが舞台の上はこんな感じだった。

前にも書いたけど段取りが悪くて午前9時~午後1時までの長~い卒業式だった。

息子は卒業式で着るマントや帽子を自分だけ担任から貰えなくて
担任は息子が服を貰ってないって知ってるのに遅刻してくるし。

本当はプロの写真家に親子の写真を撮ってもらえる筈でお金も払ってあったけど
担任の遅刻でマントと帽子をもらった時は殆ど時間なくなった。

でも卒業出来て本当に良かった。

フェイスブックには書いたのだけど科学技術省の出すメリットスカラシップという奨学金に合格したと先週に日曜日の新聞に載りました。
メリットスカラシップは国の出す奨学金だけど、親の収入に関係なく貰える奨学金。
返すとかお礼に何かするなどの制約はないです。

同じ高校の卒業生でも奨学金が貰えなかった生徒も多かったので本人の自信に繋がればと思います。




いつも応援ありがとう御座います~!!