祝・国宝指定!萬福寺参拝の後編です。
前編では国宝三堂のうち天王殿をご紹介しました。
今日はあとの二堂をご覧いただきますね~
(境内案内図はこちら)
まずは天王殿の後ろ側から大雄寶殿(だいゆうほうでん)を見たところ。
大雄寶殿は萬福寺の本堂にあたるお堂です。
中央のひし形の石でできた参道、萬福寺にはこのような敷石があちこちで見られます。
これは石條といい、龍の背の鱗をモチーフ化したもの。
中国では龍は高い位を表し、このひし形の石の上に立てるのは黄檗山では住持だけ、とHPに説明がありました。
あれ、私はこの上を歩いてしまっていたかも!?
大雄寶殿の正面です。
こちらは、日本では唯一最大のチーク材を使った歴史的建造物として、大変重要かつ貴重なもの。
なぜか気になる正面の香炉。天王殿とは形が違って、足に顔はありませんでした。
やはり、国宝と書かれた赤い提灯が彩を添えていました。
ご本尊は釈迦如来。両脇侍は迦葉、阿難の二尊者。両脇に十八羅漢像が安置されています。
撮影はフリーですが、ついつい遠慮してしまい、中途半端な写真になってしまいました。
お堂の左右壁際に、リアルな十八羅漢像が安置されています。
こちらのお堂の後ろから、法堂が見えます。
こちらにもひし形の敷石がありますね。
そして、法堂の前の欄干は崩し卍になっています。
法堂は禅寺の主要なお堂の一つで、説法を行う場所だそうです。
見ることはできませんが、内部には須弥壇のみ置かれているそうです。
その時鳥が飛んできて梁の上に止まりました。イソヒヨドリの雌です!
大雄寶殿と法堂をつなぐ廻廊から中庭を見たところです。
ここには木々はなく、白砂の庭は禅寺らしい凛とした空気が漂っているようでした。
大雄寶殿を裏側から見たところ。
しっかり見せていただき、再び天王殿前の廻廊を今度は開山堂方面に向けて進みました。
廻廊(重文)には多くの金色の燈籠が下げられています。
夏場はここに風鈴が下げられ涼し気な風情でした。
廻廊の真ん中に鐘があり、ちょっと驚きます。
こちらは合山鐘(重文)といい、中国風と日本風の折衷の様式になっているそうです。
特に珍しいのが鐘の下部が波打っていること。
こちらは1697年に作られたものです。
廻廊をさらに進むと、開山堂が現れます。
その名の通り、萬福寺を開山した隠元禅師をお祀りするお堂です。
こちらは卍の欄干。
こちらが正面から見た全景です。
今回は天王殿から三堂を巡って最後にこちらにお参りしました。
隠元禅師に最初にご挨拶してから、三堂をお参りしてもいいかもしれません。
ということで今回の祝国宝参拝はこれにて終了。
境内図をご覧いただけば分かるように、今回スルーしてしまった建物やお庭がまだ沢山。
近い場所なので、また折を見て今回見なかった場所も行ってみたいと思います。
【撮影:2025/2中旬 宇治市】
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ほんと京都のお寺は、さすがと言うお寺がたくさん、
昨日話題に出ていましたが、かなり中国的ですよね
設計者の思想がでている気がします。
それでもこんなに大きなお寺を設計して、
当時は、樹を準備、組み立てるのに、相当な労力、
それに感心しています。
何度か行きましたよ😊
もう京都には行かれなくなりましたが毎年 行っていた思い出だけは楽しく残っています。
今度は娘や孫が春休みに横浜に来るそうです。
編み物を教えて貰いたいとか・・・
私にしては有難迷惑です😒
普段は全く知らんぷり!
親子の関係ってさまざまですね(ここで愚痴言ってどうなるの)🙇