アンティマキのいいかげん田舎暮らし

アンティマキは、愛知県北東部の山里にある、草木染めと焼き菓子の工房です。スローライフの忙しい日々を綴ります。

「懐かしい未来~ラダックから学ぶこと」「地域から始まる未来~グローバル経済を超えて」

2023-08-07 16:24:00 | 映画とドラマと本と絵画

  20年ほど前に作られた映画を見る機会を得ました。

  この映画は、ヘレナ・ノーバーグ=ホッジさんの「懐かしい未来の本」の映画版。

「ヒマラヤの辺境ラダックにおけるつつましくも豊かな暮らしと、そこに襲い掛かった近代化と開発の嵐。貨幣経済に頼らずに、ほとんどすべての生活を自給自足によってまかなっていた理想郷に突然入り込んだグローバリゼーションの弊害。わたしたちの中に貧困はありませんと胸を張っていた人々が、わずか数年で貧困にあえぎながら援助を懇願する。ここには近代化、西欧化の根本的な問題点が、まるでむき出しになった地層のようにあらわにされています。貨幣経済が貧富の差をもたらし、グローバル経済が本来不要なものへの欲求を生み出し、人々から時間と幸福を奪う。
 著者は失われた幸福を惜しむだけではなく、グローバリゼーションの本質と、それを超える道を実証的に明らかにすることを決意。ラダックに息づく深い伝統的な智恵が、その新たな道を進む鍵であることを示唆しています。 (NPO法人懐かしい未来ウェブサイトより) 」

   映画は、「近代化と開発の嵐」に見舞われるラダックの現在(21世紀当初のころ)と、ラダックの人々の暮らしの様子を紹介しながら、例えば日本では160年かかって変化したところを、ラダックではたった20年で暮らし方を変えざるを得なくなった人々の戸惑いを描いています。

   標高3000m以上の乾燥地帯なのに、ヒマラヤの雪が数か月の間だけ溶けて流れるのを利用して灌漑水路を作り、豊かな農地を保ってきたラダックの人々。貧富の差はなく、お互いに労働力を提供しながら暮らしを支えてきました。貨幣の介在はほぼなくて、時給自足が基本。村の決め事は男がつかさどるのですが、女たちの発言は大事にされていました。忙しくても、余暇の楽しみは多く、満足の日々が続いていた、と、映画は語ります。農村の人たちの笑顔は屈託なく明るい。女たちはみな美しく、子供たちはかわいい。

   しかし、1980年代、ラダックにも西欧化の波が押し寄せ、安い小麦が流入。道が作られ、街からの物資が運ばれるようになりました。そして同時に、街は汚くなり、人々はけんかをするようになり、地域のつながりは薄れます。貧乏人も生まれ、人々は自分の暮らしに誇りを持てなくなります。たぶん、世界中どこの村でも過去に起きたことが、ラダックでは短い期間に急速に起きたのです。

   学校で教えられるのは、英語。近代化をよしとする考え。ワーズワースの詩。西欧世界で流通する言葉と思想と教養を子供たちは学びます。ラダックの伝統は古臭くて役に立たないものとして、追いやられます。

   「人々は専門的な知識を得ることに懸命になり、幅の広い体験を大事にしない」映画の中で、ラダックの仏教者だったか誰かの語った言葉です。

   頭でっかちで、生きるための知恵に欠ける現代人。このままでは、環境も人間性もぼろぼろになりそう。そう考えた著者が始めた活動がIsec。その活動の様子を30分ほどの映像にまとめたのが後半の「地域から始まる未来~グローバル経済を超えて」です。「環境問題も貧困の問題も差別の問題も、どれも、大きな問題の別の現れ方に過ぎない」と語った、登場人物の誰かの言葉が、まさに的を射ていると思いました。

   

   

 

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今年も、オオキツネノカミソリを見に行きました。

2023-08-07 14:48:50 | 稲武のモノ・コト・ヒト・バ

  稲武の月が平にある大栗山に、一昨日、友人たちとオオキツネノカミソリを見に行ってきました。山歩きは実に半年ぶり。今年に入ってから何度も計画したのですが、いつも雨で頓挫。やっと10か月ぶりくらいに実現しました。

  稲武でも今年は相当の暑さで、日の当たる場所は苦しいほどなのですが、県道に車を止めて一歩森に入ると、冷気がさっと取り巻く感じで、気持ちいい。

   山道に入ってすぐ「カエンダケに注意!」のポスターが。猛毒だそうです。「触っちゃだめだよね」とかいいながら数歩歩いたら、それっぽいものを発見。

   小さいカエンダケなのか、似た種なのか。とにかく触らぬ神に祟りなし。

   写真中央の草は、アオフタバランというのだそうで、よく見ると、ふたつずつ葉っぱらしきものがついていて、かわいい。蘭の仲間なのだそうです。

 

   群生地に至る、ちょうど真ん中あたりの場所で休憩。マタタビが実をつけていました。

   この山はほとんど針葉樹の人工林。でも、オオキツネノカミソリの群生地辺りだけ、大木のケヤキの森になっています。この場所には、昔、木地師の集落があり、ケヤキは彼らが木地の材料として植樹したもの。オオキツネノカミソリは、彼ら木地師が、薬として植えたものなのだそうです。

   こちらは炭窯跡。木地師だけではなく、つい60年くらい前までは、地元の人たちが炭を焼くために山にこもることもあったそうで、この山には、あちこちにこうした炭窯のあとが発見できるのだとか。何十年も前の炭が転がっていることもあるそうです。

   キツネのカミソリよりおしべが長いので、オオキツネノカミソリという名がついたのだとか。キツネのカミソリという名の由来は「葉の形を剃刀に見立て、花の色を狐に見立てたもの」だそうですが、花の咲くころには葉はないので、カミソリの形なのかどうか、確かめられません。

   つぼみ。去年はほぼ全部開花したころに訪れましたが、今年はまだ少し早かった。

   群生地は、柵を設けて、周遊できるようになっています。

   昨年はなかったベンチがあって、一息つけました。

   見学後は、茶臼山高原道路に入り、旧ビジターセンターあとへ。昼ご飯のあと、天狗棚の展望台へ向かいました。1キロ足らずの道のりなのですが、工事現場によくありそうなアルミ製の階段がしつらえてあり、それが急なので、わたしはおっかなびっくり。みんなに遅れないよう、ついて行くのが精一杯でしたが、なんとか展望台に到達。

   浜名湖や富士山も見えるときがあるという展望台。

   子供たちの元気さ、大胆さにびっくり。

   ときどき目にする自然の造形。虫が食った痕です。

   こちらは鳥? まん丸の円です。

   久しぶりの山歩き、帰り道は、なんだかだらけ切った全身がよみがえるような感覚になりました。やはり、山歩きは楽しい。次はどこにしようかな。楽しみです。

   

 

 

 

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