風になりたい

自作の小説とエッセイをアップしています。テーマは「個人」としてどう生きるか。純文学風の作品が好みです。

池に落ちた(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第131話)

2012年10月20日 08時15分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
 
 小学生の頃、家から自転車で二十分ばかり走ったところにある田んぼと小さな池へよく遊びに行った。こんなことを書いたら農家の人に叱られてしまうけど、田んぼは絶好の遊び場だ。ざりがにはいっぱいいるし、雨蛙も殿様蛙もたくさん取れる。たまに、牛蛙や田鰻を捕まえた。どろんこになって遊ぶのは本当に楽しかった。ザリガニや蛙を小エビを籠に入れて持ち帰り、家で飼育した。ザリガニが脱皮したり、小エビがお腹に卵をいっぱい抱えるのを見てはすごいなと思ったものだった。
 田んぼの隣の小さな貯水池にはちょうどいい具合に木が倒れていて、それを渡って池の真ん中へ出てはあたりを網ですくって小魚や透明な小エビを捕まえたりした。ところが、ある日、つるりとすべって丸太から落ちてしまった。さいわい、とっさに丸太にしがみついたので下半身が池の水に浸かっただけですんだ。危ないところだった。僕は丸太にはい上がって遊び続けた。
 その翌日、学校で全校朝礼があったのだけど、なんと先生は、あの池には破傷風という恐ろしいばい菌がうようよしているから入ってはいけないと言うではないか。破傷風にかかると体が腐って三日で死んでしまうのだとか。僕はびっくりしてしまった。もっと早く言って欲しかった。
 それから、どきどきしながら三日間を過ごした。死んでしまうかもしれないと思うと怖かった。もちろん、叱られるのは目に見えているから、あの池にどぼんと落ちましたなどとは、先生にも誰にも言えない。
 三日経ってもぴんぴんしているので僕はほっと胸をなでおろした。でも、その池には入りにくくなってしまった。相変わらず田んぼには通っていたけど、破傷風の池というのはおっかないのでそばを通り過ぎる時にはなるべく見ないようにしていた。破傷風は蛇よりもっと怖い。なにしろ目に見えないのだから。そうこうするうちに、破れていたフェンスが修理されて池へ入れなくなってしまい、田んぼは埋め立てられて住宅地になってしまった。遊び場が減ってさびしかった。
 小学校の時以来、あの辺りへ行ったことはないけど、あの池は今でもあるのだろうかとふと思い出すことがある。




(2011年10月23日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第131話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/
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