祖父は学生時代に剣道をやっていた。戦前には学生選手の代表チームへ入って当時の満州へ遠征試合に行ったこともあるらしい。強かったようだ。
中国との戦争が始まり、剣道仲間は次々と召集を受けた。
祖父の剣道仲間は、
「捕虜を斬るな。剣道をやっていたとなれば軍刀で捕虜を斬れと命令されるだろう。そんな時は、便所にでも行って隠れて、絶対に捕虜を斬らないようにするんだ。動いている相手を倒すのは戦争だから仕方ないが、動かない相手を斬るのは絶対にやってはいけないことだ」
と互いに言い交わしていたそうだ。
それでもやはり捕虜を斬るはめになった仲間はいたようだ。
捕虜を斬る時は、首の骨の間に刃が入るように刀を振り下ろす。そうすれば、首はあっけないほどきれいに飛ぶ。もし首の骨に刀を当ててしまうと首は切れない。人間の首はやはり大事なところだけあって頑丈にできているそうだ。首が切れないと刀の打撃で相手はひどく苦しむことになる。
祖父は「捕虜を斬ったやつは早く死んでしまう」と嘆いていた。捕虜を斬ったことがトラウマとして心に残ってしまい自責の念にかられ続けるのだとか。斬ったほうは、自分の心を殺したことになってしまうのかもしれない。
戦争のない時代が続きますように。
(2021年1月24日発表)
この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第458話として投稿しました。
『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/