銀ステ根なし草

銀のステッキ旅行・スタッフの雑記帳

太宰治の専門科目とは ~『津軽』より~

2019年01月29日 | のほほん同志Aの日常

友人知人から頼みごとをされたのに、ふんふん、調子よくうなずくだけで、
しばらくしてから、

「アレ、どうなった?」
「…あ、ごめん、忘れてた」

これ、何度か、どころかしょっちゅう、やってしまってます。

そんな私が、

「何を読めばいいのか分からない」
「おもしろい本、教えて」

そう言われたときだけ、にわかお節介人間に早変わりします。
しかも、そんなときは仕事が早い。
そう、いつもよりずっと。

すぐ選び、すぐ届けます。
しかも、料理でいうなら和洋中揃ってますよ、という感じのけっこうなラインナップで!


なぜ、そうするのだろうと、
いつもの自分らしからぬ迅速さが不思議で、ちょっと考えてみました。

思ったのは、変わり映えしませんが、まぁ、本が好きだから、ということです。

それと。

「何を読めばいいのか分からない」、
というのは「何かを読みたい」の裏返しで、
ということは、きっとそのときその人は、おなかが減っているのです。

おなかが減っているということは、とりあえず何か、
できれば暖かいものを口にすればいい。

もしかして、たいして美味しくなくても、あんまり口に合わなくても、
とりあえずおなかは満たされます。
カロリーは接種できた、ということです。
そのことで、またちょっと頑張れる。

――たぶん、私自身がそうやって本を読んできたのだと思います。

せっかく買ってきても、読み終えて、「もひとつやったなぁ」とがっかりすることは多いし、
その場合はすぐに古本屋さん行きの段ボールに放り込むのですが、
それでも、とりあえずおなかに何か入れたのだというふうに考えています。

おなかさえ満たされれば、とりあえず動きだせるし、
動いておなかが減れば、また何でもいいから目につくものを手に取って、
読んで、読んで、また読んで。

そのくりかえしのなかで、
時代や国境を越えて、「この人、好きだなぁ」と思う作家にも出会えるし、
思いがけないところで自分に必要な一文一節を、ふと見つけることもある。

そうした時代や距離や関係性を越えて向けられる言葉は、
もしかしたら実際の人間関係のなかで受けとるもの以上に、
すんなりと胸に響いてくるものなのかもしれません。


先週訪ねた津軽へのツアーで、こんなことがありました。
立佞武多で知られる五所川原から来てくれた名物ドライバーさんが、
突然朗々と声を張り上げました。

「皆さん、今日はちょっと曇っていて見えませんが、このちょうど真正面に岩木山があるんです。
 岩木山を思い描きながら、聞いてくださいね」

*******

津軽富士と呼ばれている1625メートルの岩木山が、
満目の水田の尽きるところに、ふわりと浮かんでいる。

実際、軽く浮かんでいる感じなのである。

したたるほど真蒼で、富士山よりもっと女らしく、
十二単の裾を、銀杏の葉をさかさに立てたようにぱらりとひらいて、
左右の均斉も正しく、静かに青空に浮かんでいる。 

決して高い山ではないが、けれども、なかなか透きとおるくらいに
嬋娟(せんけん)たる美女ではある。

*******

ハンドルを握りながら、おなかに響くいい声で暗唱されたのは、
太宰治の『津軽』からの一節でした。



津軽に行くなら、『津軽』を読みながら行こう、とカバンにしのばせていた一冊。

その晩、もう一度、ページを繰りました。

ドライバーさんが暗唱してくれた岩木山の一節を探してみてから、
そして、折り目をつけていた前書きのページを読みかえしました。

小説『津軽』を書くにあたり、太宰が心づもりを語った前書きです。

自分は津軽の地勢や沿革などについて語るつもりはない、
そうしたことは専門の研究家に聞くがよい、と断わったうえで、太宰はこう書いています。

*******

私には、また別の専門科目があるのだ。
世人は仮りにその科目を愛と呼んでいる。
人の心と人の心の触れ合いを研究する科目である。

*******

あぁ、そうなのか、と腑に落ちる思いがしました。

だから、おなかが減っているときに、本を読みたくなるのかと。


いくつもの折り目を付けて読み終えた『津軽』の行き先は、
もちろん、古本屋行きの段ボールではなく、本棚の目のつくところへ。

五所川原のドライバーさんのあの見事な暗唱も思い出しながら、
きっと読みかえす日が来るはずです。



(高さ23メートルにもなる五所川原の立佞武多)


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〈これからのおすすめツアーのご紹介です〉

・2/3(日) 明智光秀をめぐる

・2/5(火) 畑かくのぼたん鍋

・2/12(火) 草間彌生展と、MOTOIのフレンチ

・2/22(金) 岩津ねぎと田舎の巻き寿司


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