友人知人から頼みごとをされたのに、ふんふん、調子よくうなずくだけで、
しばらくしてから、
「アレ、どうなった?」
「…あ、ごめん、忘れてた」
これ、何度か、どころかしょっちゅう、やってしまってます。
そんな私が、
「何を読めばいいのか分からない」
「おもしろい本、教えて」
そう言われたときだけ、にわかお節介人間に早変わりします。
しかも、そんなときは仕事が早い。
そう、いつもよりずっと。
すぐ選び、すぐ届けます。
しかも、料理でいうなら和洋中揃ってますよ、という感じのけっこうなラインナップで!
なぜ、そうするのだろうと、
いつもの自分らしからぬ迅速さが不思議で、ちょっと考えてみました。
思ったのは、変わり映えしませんが、まぁ、本が好きだから、ということです。
それと。
「何を読めばいいのか分からない」、
というのは「何かを読みたい」の裏返しで、
ということは、きっとそのときその人は、おなかが減っているのです。
おなかが減っているということは、とりあえず何か、
できれば暖かいものを口にすればいい。
もしかして、たいして美味しくなくても、あんまり口に合わなくても、
とりあえずおなかは満たされます。
カロリーは接種できた、ということです。
そのことで、またちょっと頑張れる。
――たぶん、私自身がそうやって本を読んできたのだと思います。
せっかく買ってきても、読み終えて、「もひとつやったなぁ」とがっかりすることは多いし、
その場合はすぐに古本屋さん行きの段ボールに放り込むのですが、
それでも、とりあえずおなかに何か入れたのだというふうに考えています。
おなかさえ満たされれば、とりあえず動きだせるし、
動いておなかが減れば、また何でもいいから目につくものを手に取って、
読んで、読んで、また読んで。
そのくりかえしのなかで、
時代や国境を越えて、「この人、好きだなぁ」と思う作家にも出会えるし、
思いがけないところで自分に必要な一文一節を、ふと見つけることもある。
そうした時代や距離や関係性を越えて向けられる言葉は、
もしかしたら実際の人間関係のなかで受けとるもの以上に、
すんなりと胸に響いてくるものなのかもしれません。
先週訪ねた津軽へのツアーで、こんなことがありました。
立佞武多で知られる五所川原から来てくれた名物ドライバーさんが、
突然朗々と声を張り上げました。
「皆さん、今日はちょっと曇っていて見えませんが、このちょうど真正面に岩木山があるんです。
岩木山を思い描きながら、聞いてくださいね」
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津軽富士と呼ばれている1625メートルの岩木山が、
満目の水田の尽きるところに、ふわりと浮かんでいる。
実際、軽く浮かんでいる感じなのである。
したたるほど真蒼で、富士山よりもっと女らしく、
十二単の裾を、銀杏の葉をさかさに立てたようにぱらりとひらいて、
左右の均斉も正しく、静かに青空に浮かんでいる。
決して高い山ではないが、けれども、なかなか透きとおるくらいに
嬋娟(せんけん)たる美女ではある。
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ハンドルを握りながら、おなかに響くいい声で暗唱されたのは、
太宰治の『津軽』からの一節でした。
津軽に行くなら、『津軽』を読みながら行こう、とカバンにしのばせていた一冊。
その晩、もう一度、ページを繰りました。
ドライバーさんが暗唱してくれた岩木山の一節を探してみてから、
そして、折り目をつけていた前書きのページを読みかえしました。
小説『津軽』を書くにあたり、太宰が心づもりを語った前書きです。
自分は津軽の地勢や沿革などについて語るつもりはない、
そうしたことは専門の研究家に聞くがよい、と断わったうえで、太宰はこう書いています。
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私には、また別の専門科目があるのだ。
世人は仮りにその科目を愛と呼んでいる。
人の心と人の心の触れ合いを研究する科目である。
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あぁ、そうなのか、と腑に落ちる思いがしました。
だから、おなかが減っているときに、本を読みたくなるのかと。
いくつもの折り目を付けて読み終えた『津軽』の行き先は、
もちろん、古本屋行きの段ボールではなく、本棚の目のつくところへ。
五所川原のドライバーさんのあの見事な暗唱も思い出しながら、
きっと読みかえす日が来るはずです。
(高さ23メートルにもなる五所川原の立佞武多)
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〈これからのおすすめツアーのご紹介です〉
・2/3(日) 明智光秀をめぐる
・2/5(火) 畑かくのぼたん鍋
・2/12(火) 草間彌生展と、MOTOIのフレンチ
・2/22(金) 岩津ねぎと田舎の巻き寿司
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