ガンジス・河の流れ

インド・ネパール。心の旅・追想

ジャンキーの旅          アシアナ(医療監房)・・・・・19

2013-02-25 | 2章 デリー中央第4刑務所アシアナ

 歌の上手い新しい患者が入所してきた。通路には毛布が敷かれステージは整った。打楽器タブラの代用食器が歌い手の前に届けられる。彼はどの位置からどんな音が出せるのかチェックしているようにみえる。禁断症状なのだ、目や鼻をしきりにタオルで拭いては本番前の準備に余念がない。タブラの前奏を追うようにして歌が始まった。張りのある声、インド独特の哀愁を感じさせるメロディーが収監棟に流れた。
 インドの四大聖地のひとつガンゴトリに行ったことがある。聖なる河ガンジスの源流はそこから1日登った標高約4000mの所にある。ヒマラヤ氷河の末端、巨大な氷河にポッカリと口を開けたような穴から氷河の溶け水が流れ出していた。ゴームクである。ヒンディ語で聖なる牛の口という意味らしい。その聖なる流れで沐浴をすればあらゆる罪は清められる、とインド人は信じている。身を切るようなという言葉道理、冷たい聖水でぼくは沐浴をした。ヒンズー教徒ではないからなのかぼくの心身は清められなかった。デリー中央刑務所でぼく自身の罪を自ら清めなければならない、当然の理である。
 頭に巻かれた真っ白い包帯の右側頭部にはまだ新しい血が滲み出ている、今日運び込まれたひょろりと背の高いインド人だった。顔色の青白さと血痕を見て彼はもう駄目だろうと周囲は話し合っていた。警察の拷問である。ここに収監された者は多かれ少なかれ拷問を受けていた。外国人のぼくはそれから免れた。逮捕の夜ぼくの部屋に踏み込んで来たポリは確かな情報を得ていた、ぼくのバック・パックから躊躇なく2袋のスタッフを見つけ出したのだから。密告されていた。密告者は拷問されぼくの事をゲロした。それは誰か推理すれば何れ解る。
「ボス話しがある。お金ならある十分なお金だ。ヘルプ・ミー・ボス」
その瞬間ポリの平手打ちが飛んだ。顔を反らせたぼくの頬を奴の指先が掠めた。
「ミリオン・ダラーか?」奴はそう言ってぼくの目をみてニヤリと笑った。
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