盛岡の真中を流れる北上川にかかる橋のひとつ「開運橋」
またの名を「二度泣き橋」

サラリーマンが盛岡に赴任したときに最初に渡る橋がこの開運橋です。
最初はこんな遠い地に飛ばされてしまった事につらくなり泣きながら渡る橋。
そして任期が終わり盛岡の地を離れる時に帰るのがつらくて泣きながら渡る橋。
だから、「二度泣き橋」なのだそうです。
そんな友人が私にもおります。
岩手の温かい人情に触れると、もうこの地を離れたくなるのです。
友人の盛岡でも6年間の生活は大きく人生を変えたと言っても過言ではないでしょう。
その友人も地元仙台に戻り2年、今年会社を定年退職をして、起業の準備に追われている様子。
今なおこうして親交を深めあえている事が嬉しく思います。
遠く離れたところから見る盛岡ってどんななのでしょう。
30年前、私と主人は長崎に少し住んでた事があります。
その時、テレビの天気予報は必ず岩手の天気も確認したものでした。
広島の二女は本日誕生日。おめでとう!
誕生会が家族のイベントの我が家が何もしない今日・・何だかそれも不思議です。
きっと、新しい家族でこの日を祝っているのでしょう。
そんな娘が離れたところから見るふるさと「いわて」はどんなふうに映っているのかなあ・・
なんとなく、この地を離れて行った人たちの事が思い起こされる梅雨の合間のひとときです。
またの名を「二度泣き橋」

サラリーマンが盛岡に赴任したときに最初に渡る橋がこの開運橋です。
最初はこんな遠い地に飛ばされてしまった事につらくなり泣きながら渡る橋。
そして任期が終わり盛岡の地を離れる時に帰るのがつらくて泣きながら渡る橋。
だから、「二度泣き橋」なのだそうです。
そんな友人が私にもおります。
岩手の温かい人情に触れると、もうこの地を離れたくなるのです。
友人の盛岡でも6年間の生活は大きく人生を変えたと言っても過言ではないでしょう。
その友人も地元仙台に戻り2年、今年会社を定年退職をして、起業の準備に追われている様子。
今なおこうして親交を深めあえている事が嬉しく思います。
遠く離れたところから見る盛岡ってどんななのでしょう。
30年前、私と主人は長崎に少し住んでた事があります。
その時、テレビの天気予報は必ず岩手の天気も確認したものでした。
広島の二女は本日誕生日。おめでとう!
誕生会が家族のイベントの我が家が何もしない今日・・何だかそれも不思議です。
きっと、新しい家族でこの日を祝っているのでしょう。
そんな娘が離れたところから見るふるさと「いわて」はどんなふうに映っているのかなあ・・
なんとなく、この地を離れて行った人たちの事が思い起こされる梅雨の合間のひとときです。