田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

第五章 鹿沼の怪談/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-04-05 00:06:51 | Weblog
第五章 鹿沼の怪談

1

予兆はあった。
奇妙な脱力感が尾骶骨のあたりに疼いていた。
そしてソノもやもやしたものがひそかに背筋をはいのぼってきた。
なにか予期せぬ事件が起きる。

胸騒ぎがしていた。
いつもこうなのだ。
予知能力といっていいかもしれない。
いや、能力なんておいそれたものではない。
単なる思い過ごしだ。

麻耶(まや)翔太郎は眼の隅でとらえていた。
華奢な妻が走っている。
小走りに先ほど支払を済ませたレジ通路にむかって。
またいつものように、なにか買い足すものがあったのだろう。
年のせいか甘いものを好むようになった。
太るからといって甘いものは口にしなかったのに。
きゅうに、なにか菓子でも買いたくなったのだ。

翔太郎はご贈答コーナーで商品券の支払いをしていた。
塾生を紹介してくれた川俣さんにささやかだがお礼の商品券を買った。
ケロッグの箱だけが、さきほどもらったレジ袋には入らない。

「レジ袋、もう一枚もらってくる」
と妻はいった。
そうだった。
妻はレジ袋をもうひとつもらいにいったのだ。
ケロッグの箱をいれると、
ヤマザキのハト麦食パンがひしゃげてしまうから、
といつて彼から離れていった妻だった。
どうして、瞬時に記憶や判断が現実からぶれるのだ。
なにかまたよからぬことが起きるのか。
わたしが商品券の支払いを済ませるまで待てばいいのに。
とおもった翔太郎だった。

妻がもどってきた。
息せききっている。
「どうしたんだ、そんなに走って」
あまり若くはないのだから。
といおうとした。

やめた。

年のことを指摘されるのを極端にいやがる妻だった。
美貌が失われていくのが怖いのだろう。
美しい女ほどそういう傾向にある。
婦人雑誌で読んだ記憶かよみがえる。

「どうしたんだ」
妻の顔に困惑のかげがはりついていた。
翔太郎はこのとき、智子が泣きそうな顔をしているのに気づいた。
「おい、どうした」
店員や人影、陳列棚のきらびやかな商品の形がゆがむ。
周囲が見えなくなる。
妻の顔だけが、ぐっと迫ってくる。
明らかにパニックに陥っている。
妻の顔だけが、みように生々しい。
現実感をともなって迫ってくる。




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