幾度の目覚め
私は目を覚ました。ゆっくりと半身を起こして周りを見る。窓の無い三畳ほどの部屋。天井一面が白く光っている。まぶしさで目を開ける事が出来ない。
旅行先のホテルで目覚めたように、ここがどこかを見失っている。苦笑いを浮かべながらよく考えてみる。
どれだけ考えてみても分からなかった。
背筋が寒くなったのは、自分が誰かさえも分からない事だった。
透明の分厚いアクリルケースで囲まれた棺桶の様なベットから起きあがった私は、壁に掛けられている見慣れない服に着替える事にした。何しろ私は肌着とパンツしか身にまとっていない。
スーツの上着は半袖。肩には分厚いパッドが入っている。ズボンは太股の途中でなくなっている。半ズボンだ。違和感しか感じないが、ここにあるということは私の物なのだろう。着替え終わった私は空腹を感じて室内を見回すが、調度品の類はこの部屋には無い。部屋の外に出てみることにする。ドアの前に立つと、どういく仕組みなのか音もなく扉は左右に開く。
「おはようございますミスターS」
バインダーを抱えたパンツスーツ姿の女性が立っている。
「ミスターS。それは私のことですか」
「はい。あなたは伝説の男。前任者から話は伝え聞いております。私の代で目覚めていただいて、光栄に感じております。秘書である私になんなりとご命令ください」
女性は興奮した様子で私に握手を求めてきた。意味も分からず彼女の差し出した手を握る。
「こちらにどうぞ」
恐縮する彼女は、私を隣の部屋に案内した。テーブルとイスが一セットある。テーブルの上には一辺が五センチ程度の茶色い立方体がぽつりと乗った白い皿と水の入ったグラスがある。
「これは食べ物?」
「空腹を感じておられるとは思いますが、こちらで十分満足していただけるかと存じます」
私はテーブルにつくと、よく冷えたグラスの水を一口飲んだ。柑橘系のさわやかな香りを残して、喉から胃の中に落ちる。胃の中でほんのりとした温かい温度を発する不思議な液体だった。
フォークで押さえつけた茶色のキューブをナイフで少しだけ切り落とし、口に運ぶ。あまりのうまさで脳がしびれるのを感じる。私は残りのキューブを口に放り込み、水で流し込んだ。フルコースディナーを三十日間食べ続けたよりも圧倒的な満足感を感じていた。
「どうですお味は」
「最高だ。こんなの初めて食べた」
「初めて食べたという点は、間違いありません。さあ、ミスターSの登場を皆、待っております。その扉を開けてください」
私は言われるまま、歩を進めて次のドアを開ける。
地鳴りのような、低い音圧に襲われる。
屋外のバルコニー。
私は目の前の光景を理解するまで時間がかかった。
眼下には広場が広がっている。
見たこともない人数の群衆がうごめいている。
人々の服装は一様に肩が大きく半袖半ズボンばかりだ。
不思議と一人一人の歓喜にふるえる表情がよく見える。私は試しに手を突きあげた。大歓声と共に同じポーズを群衆は真似た。
私はひとしきり、群衆の前でおどけると、建物に戻る。この期に及んでも自分の置かれた状況は理解できない。
先ほどの出来事で興奮した私は、片時も離れない秘書を相手に酒を飲み、食事をし、話し込んでいると猛烈な睡魔に襲われる。
「すまない。眠くなった」
「寝室にお連れします」
私は秘書に肩を借りながらあの、アクリルケースで覆われたベットに横になる。
「おやすみなさい」
彼女は涙を流している。
「あなたのおかげで新しい技術が定着します。ありがとうございます。お元気で」
ケースのふたが閉まる。
ケース内に冷気が満ちるのを感じる。
私は今、自分が何者で、これから何が始まるのかを理解する。
私は人工冬眠の人体実験を巨額の報奨金につられて応募した男だ。
百年に一日だけ目覚める。
合計千年に渡る人工冬眠実験だ。
私は、すでに伝説の英雄になっているのを確信した。
次回の目覚めでは覚えておいてくれ。
私は目を覚ました。ゆっくりと半身を起こして周りを見る。窓の無い三畳ほどの部屋。天井一面が白く光っている。まぶしさで目を開ける事が出来ない。
旅行先のホテルで目覚めたように、ここがどこかを見失っている。苦笑いを浮かべながらよく考えてみる。
どれだけ考えてみても分からなかった。
背筋が寒くなったのは、自分が誰かさえも分からない事だった。
透明の分厚いアクリルケースで囲まれた棺桶の様なベットから起きあがった私は、壁に掛けられている見慣れない服に着替える事にした。何しろ私は肌着とパンツしか身にまとっていない。
スーツの上着は半袖。肩には分厚いパッドが入っている。ズボンは太股の途中でなくなっている。半ズボンだ。違和感しか感じないが、ここにあるということは私の物なのだろう。着替え終わった私は空腹を感じて室内を見回すが、調度品の類はこの部屋には無い。部屋の外に出てみることにする。ドアの前に立つと、どういく仕組みなのか音もなく扉は左右に開く。
「おはようございますミスターS」
バインダーを抱えたパンツスーツ姿の女性が立っている。
「ミスターS。それは私のことですか」
「はい。あなたは伝説の男。前任者から話は伝え聞いております。私の代で目覚めていただいて、光栄に感じております。秘書である私になんなりとご命令ください」
女性は興奮した様子で私に握手を求めてきた。意味も分からず彼女の差し出した手を握る。
「こちらにどうぞ」
恐縮する彼女は、私を隣の部屋に案内した。テーブルとイスが一セットある。テーブルの上には一辺が五センチ程度の茶色い立方体がぽつりと乗った白い皿と水の入ったグラスがある。
「これは食べ物?」
「空腹を感じておられるとは思いますが、こちらで十分満足していただけるかと存じます」
私はテーブルにつくと、よく冷えたグラスの水を一口飲んだ。柑橘系のさわやかな香りを残して、喉から胃の中に落ちる。胃の中でほんのりとした温かい温度を発する不思議な液体だった。
フォークで押さえつけた茶色のキューブをナイフで少しだけ切り落とし、口に運ぶ。あまりのうまさで脳がしびれるのを感じる。私は残りのキューブを口に放り込み、水で流し込んだ。フルコースディナーを三十日間食べ続けたよりも圧倒的な満足感を感じていた。
「どうですお味は」
「最高だ。こんなの初めて食べた」
「初めて食べたという点は、間違いありません。さあ、ミスターSの登場を皆、待っております。その扉を開けてください」
私は言われるまま、歩を進めて次のドアを開ける。
地鳴りのような、低い音圧に襲われる。
屋外のバルコニー。
私は目の前の光景を理解するまで時間がかかった。
眼下には広場が広がっている。
見たこともない人数の群衆がうごめいている。
人々の服装は一様に肩が大きく半袖半ズボンばかりだ。
不思議と一人一人の歓喜にふるえる表情がよく見える。私は試しに手を突きあげた。大歓声と共に同じポーズを群衆は真似た。
私はひとしきり、群衆の前でおどけると、建物に戻る。この期に及んでも自分の置かれた状況は理解できない。
先ほどの出来事で興奮した私は、片時も離れない秘書を相手に酒を飲み、食事をし、話し込んでいると猛烈な睡魔に襲われる。
「すまない。眠くなった」
「寝室にお連れします」
私は秘書に肩を借りながらあの、アクリルケースで覆われたベットに横になる。
「おやすみなさい」
彼女は涙を流している。
「あなたのおかげで新しい技術が定着します。ありがとうございます。お元気で」
ケースのふたが閉まる。
ケース内に冷気が満ちるのを感じる。
私は今、自分が何者で、これから何が始まるのかを理解する。
私は人工冬眠の人体実験を巨額の報奨金につられて応募した男だ。
百年に一日だけ目覚める。
合計千年に渡る人工冬眠実験だ。
私は、すでに伝説の英雄になっているのを確信した。
次回の目覚めでは覚えておいてくれ。
ラーメン屋にて
ラーメンマップを見ながら店内を眺める客。
客「あらゆるカスタマイズが注文出来るラーメン店。ここだ。店員もマッチョなな猪首。プラス太めに巻いたタオル鉢巻きに風格がある。よし、入るか」
店員「いらぅしゃーい。メニューこちらになりやす」
客「はい、どうも。(メニューを眺めながら店員に聞く)こちらはカスタマイズの注文が出来るんですよ」
店員「はい出来ますよ。例えばお冷やなら、レモン入りのミネラルウォーターが良いとか、麦茶がいいとか、熱い番茶がいいとか、緑茶がいいとかですね」
客「なるほど。じゃあ、まずビールは氷点マイナス五度に冷やした、沖縄ご当地クラフトビールの生。大根サラダ。羽根つきぎょうざ、ネギラーメン、チャーシュー、もやし、大盛りで」
店員「はい、かしこまり」
キッチンタイマーを渡す店員
店員「では、不可能ではございませんが。二、三注意点がございます。まず、お時間をいただきます。これから沖縄にビールを仕入れに行きます。ちなみに往復運賃も必要経費としてお客様に請求します。十四時間程度処理に時間がかかりますがよろしいですか」
客「すいません。無理を言ってみただけです。ネギラーメン大盛りでお願いします」
店員「はい、かしこまりー」
ラーメンマップを見ながら店内を眺める客。
客「あらゆるカスタマイズが注文出来るラーメン店。ここだ。店員もマッチョなな猪首。プラス太めに巻いたタオル鉢巻きに風格がある。よし、入るか」
店員「いらぅしゃーい。メニューこちらになりやす」
客「はい、どうも。(メニューを眺めながら店員に聞く)こちらはカスタマイズの注文が出来るんですよ」
店員「はい出来ますよ。例えばお冷やなら、レモン入りのミネラルウォーターが良いとか、麦茶がいいとか、熱い番茶がいいとか、緑茶がいいとかですね」
客「なるほど。じゃあ、まずビールは氷点マイナス五度に冷やした、沖縄ご当地クラフトビールの生。大根サラダ。羽根つきぎょうざ、ネギラーメン、チャーシュー、もやし、大盛りで」
店員「はい、かしこまり」
キッチンタイマーを渡す店員
店員「では、不可能ではございませんが。二、三注意点がございます。まず、お時間をいただきます。これから沖縄にビールを仕入れに行きます。ちなみに往復運賃も必要経費としてお客様に請求します。十四時間程度処理に時間がかかりますがよろしいですか」
客「すいません。無理を言ってみただけです。ネギラーメン大盛りでお願いします」
店員「はい、かしこまりー」
ライセンスを持つ男
とあるラーメン店にて
店主「いらっしゃい。何にしやしょう?」
客「ウム」
店主「ずいぶんおめかしして、これからパーティにでも行くような格好でんな」
男はタキシードに蝶ネクタイを身にまとっている。
客「ノン。いつもこの格好。つまり、普段着だ」
店主「そうでっか。ご注文はお決まりでっか」
客「Qに勧められて来た。うまいらしいな」
店主「Qさんでっか。はて、誰でしょうな?」
客「ぴんとこないか。仕方ないな。私の腕時計を見てもらおう」
店主「オメガでんな」
客「まだぴんと来ないか。仕方ないこのオメガ型腕時計コントローラーを操作すると……」
突如、窓から小型ドローンが飛来する。店主の周りを数周、回転した後、入ってきた窓から出て行く。
客「おやじ、これで私が誰だか、もう分かったな。007とだけ言っておこうか」
店主「はあ……」
客「ウォッカマティーニをシェークでいただこうか」
店主「わてラーメン屋でんねん。酒はビールならありまんで」
客「そうか、なら、今夜は趣向を変えて、究極のドライマティーニといこうか」
店主「いきませんな」
客「まあ、聞きなさいよ。究極のマティーニはベルモットをちょっとも入れずに瓶を眺めながら、ストレートでジンを飲む」
店主「はあ」
客「塩ラーメン、塩抜きで、塩の瓶を眺めながら」
店主「無理でんな」
客「みそラーメン、みそ抜きで」
店主「無理」
客「とんこつラーメン、とんこつ抜きで」
店主「もう帰ってくれるか」
とあるラーメン店にて
店主「いらっしゃい。何にしやしょう?」
客「ウム」
店主「ずいぶんおめかしして、これからパーティにでも行くような格好でんな」
男はタキシードに蝶ネクタイを身にまとっている。
客「ノン。いつもこの格好。つまり、普段着だ」
店主「そうでっか。ご注文はお決まりでっか」
客「Qに勧められて来た。うまいらしいな」
店主「Qさんでっか。はて、誰でしょうな?」
客「ぴんとこないか。仕方ないな。私の腕時計を見てもらおう」
店主「オメガでんな」
客「まだぴんと来ないか。仕方ないこのオメガ型腕時計コントローラーを操作すると……」
突如、窓から小型ドローンが飛来する。店主の周りを数周、回転した後、入ってきた窓から出て行く。
客「おやじ、これで私が誰だか、もう分かったな。007とだけ言っておこうか」
店主「はあ……」
客「ウォッカマティーニをシェークでいただこうか」
店主「わてラーメン屋でんねん。酒はビールならありまんで」
客「そうか、なら、今夜は趣向を変えて、究極のドライマティーニといこうか」
店主「いきませんな」
客「まあ、聞きなさいよ。究極のマティーニはベルモットをちょっとも入れずに瓶を眺めながら、ストレートでジンを飲む」
店主「はあ」
客「塩ラーメン、塩抜きで、塩の瓶を眺めながら」
店主「無理でんな」
客「みそラーメン、みそ抜きで」
店主「無理」
客「とんこつラーメン、とんこつ抜きで」
店主「もう帰ってくれるか」
仮面の男
私はデジタルの呪縛から逃れようとしている人間だ。パソコンは持たず、スマホも持ってはいない。しかし、それだけでは万全ではない。デジタルの包囲網は恐ろしく周到に私の足下に忍び寄る。
買い物は現金で行う。ポイントカードは利用しない。移動する場合には自転車を使う。五十キロ程度なら日帰りで往復する事も可能だ。長距離になる場合には乗り合いバスを乗り継いで移動する。出来るだけ防犯カメラに写らないようにするための行動だ。
最新の防犯カメラには個人認証機能をそなえたものもある。個人の顔を捉えるのだ。私は回避するためにシリコン製のマスクをかぶっている。私が立体データを作成して入力してマスクを作った。外出時には架空の人物になりすまして外に出る。
このマスクを付けてから街中で声をかけられる事が増えた。
「きんちゃん、また飲みに来てよ」
「きんちゃん、最近どう」
「きんちゃん、久しぶりだね」
この街には、私の作ったマスクそっくりの「きんちゃん」という人物がいるらしい。
私は個人的にきんちゃんに興味がわいてきた。
「きんちゃんじゃない。一杯飲みましょうよ」
私は夜の街でそんな声をかけてくる魅力的な女性の前で立ち止まってしまった。
「一杯おごるよ。君の名前なんだっけ」
「もう冗談ばっかり言って。明美よ。忘れたの」
「忘れるもんか。行こうか。どの店?」
「また」
にっこり笑いながら明美は親しげに話しかけてくる。しかし、私は違和感を感じた。明美はきんちゃんの事を全然知らないように感じた。
私は明美を確かめるように、自分の想像したきんちゃんを語り出す。
きんちゃんは芸能関係の仕事。
とある大ヒット有名映画の脚本を書いた。
その有名映画の次回作を考えている。
次回作の構想の意見を明美に求める。
彼女はどの話にも昔から知っている感じのリアクションを崩さずに話を合わせてくる。
私は架空のきんちゃんを演じきり、気持ちよくその夜は帰宅した。
数日後の朝、私の名前と共に玄関を叩く音で目を覚ました。私は二日酔いのけだるさと共に玄関の扉を開ける。
そこには五人の男が立っていた。
「警察だ。某日の銀行強盗の罪で逮捕する」
私の手首には冷たい手錠が架かっていた。
私がデジタルから逃げていたのは自分の犯した罪から逃げるためだった。
デジタル情報から隔離した生活をしていた私だけが知らない事が世の中では流行っていたらしい。私がネットカフェで作ったマスクのデータが流出したらしい。若者がいたずらでマスクを多数量産したらしい。それが実在するきんちゃんの目に留まったのだ。きんちゃんはお金持ちで、犯人を探しにかかった。偽物のきんちゃんを探していたのだ。そんな折り、明美が私を見つけた。その夜の内に私には尾行がつき、すぐに私の悪事はきんちゃんにも、警察にもばれてしまった。
私はデジタルの呪縛から逃れようとしている人間だ。パソコンは持たず、スマホも持ってはいない。しかし、それだけでは万全ではない。デジタルの包囲網は恐ろしく周到に私の足下に忍び寄る。
買い物は現金で行う。ポイントカードは利用しない。移動する場合には自転車を使う。五十キロ程度なら日帰りで往復する事も可能だ。長距離になる場合には乗り合いバスを乗り継いで移動する。出来るだけ防犯カメラに写らないようにするための行動だ。
最新の防犯カメラには個人認証機能をそなえたものもある。個人の顔を捉えるのだ。私は回避するためにシリコン製のマスクをかぶっている。私が立体データを作成して入力してマスクを作った。外出時には架空の人物になりすまして外に出る。
このマスクを付けてから街中で声をかけられる事が増えた。
「きんちゃん、また飲みに来てよ」
「きんちゃん、最近どう」
「きんちゃん、久しぶりだね」
この街には、私の作ったマスクそっくりの「きんちゃん」という人物がいるらしい。
私は個人的にきんちゃんに興味がわいてきた。
「きんちゃんじゃない。一杯飲みましょうよ」
私は夜の街でそんな声をかけてくる魅力的な女性の前で立ち止まってしまった。
「一杯おごるよ。君の名前なんだっけ」
「もう冗談ばっかり言って。明美よ。忘れたの」
「忘れるもんか。行こうか。どの店?」
「また」
にっこり笑いながら明美は親しげに話しかけてくる。しかし、私は違和感を感じた。明美はきんちゃんの事を全然知らないように感じた。
私は明美を確かめるように、自分の想像したきんちゃんを語り出す。
きんちゃんは芸能関係の仕事。
とある大ヒット有名映画の脚本を書いた。
その有名映画の次回作を考えている。
次回作の構想の意見を明美に求める。
彼女はどの話にも昔から知っている感じのリアクションを崩さずに話を合わせてくる。
私は架空のきんちゃんを演じきり、気持ちよくその夜は帰宅した。
数日後の朝、私の名前と共に玄関を叩く音で目を覚ました。私は二日酔いのけだるさと共に玄関の扉を開ける。
そこには五人の男が立っていた。
「警察だ。某日の銀行強盗の罪で逮捕する」
私の手首には冷たい手錠が架かっていた。
私がデジタルから逃げていたのは自分の犯した罪から逃げるためだった。
デジタル情報から隔離した生活をしていた私だけが知らない事が世の中では流行っていたらしい。私がネットカフェで作ったマスクのデータが流出したらしい。若者がいたずらでマスクを多数量産したらしい。それが実在するきんちゃんの目に留まったのだ。きんちゃんはお金持ちで、犯人を探しにかかった。偽物のきんちゃんを探していたのだ。そんな折り、明美が私を見つけた。その夜の内に私には尾行がつき、すぐに私の悪事はきんちゃんにも、警察にもばれてしまった。
とある世界
とある世界があった。そこには電気はあった。電卓もあった。しかしパソコンの機能をする機械は存在しなかった。すべて人間が紙と鉛筆で計算し、設計図を書いていた。
アーノルドという名前の科学者がいた。彼は世界に先駆けてパソコンを開発していた。しかも自分で考えて行動する人工知能を搭載したロボットを作ろうと研究していたが、完成のめどは立っていない。
その夜のアーノルドはひどく酔っていた。バーのカウンターで、記者相手にこんな事を言ってしまった。
「とうとう完成したよ」
「いよいよ完成しましたか。おめでとうございます。いつ発表されますか」
「君と僕の仲じゃないか。今から研究所に来るといい。見てくれ」
「本当ですか。喜んでおじゃまします」
アーノルドは軽い気持ちで新聞記者を誘った。ロボットは完成などしていない。中身は空っぽの銀色のボディがあるだけだ。
記者魂に火が点いたのか、アーノルドの背中をぐいぐい押して二人は研究者にやってきた。引っ込みのつかなくなったアーノルドはロボットの中に潜り込んだ。
「コンバンワ」
パントマイムが特技のアーノルドがぎこちない動きをしながら扉を開けると、記者は写真をフラッシュと共に何枚も取り、ロボットに質問を浴びせる。
「君の名前は?」
「アル」
「開発者の名前だね。アル、君の得意技は何?」
「四則演算」
(おれは暗算も得意だからな)
「こうしちゃいられない。アーノルドは見あたらないが、写真は押さえたし、開発者自らの発表だから記事にしてもいいだろう。朝刊に間に合うぞ」
記者は駆けだしていった。
(まずいことになった)
研究所には足をがたがた震わせる銀色のロボットだけが残された。
そこからの展開は早かった。次の日、朝刊に記事が載り、世間は大騒ぎとなった。アーノルドの元に取材の申し込みが殺到した。
気がつくと、借金まみれのアーノルドは、ロボット「アル」を巨額のお金を提示した大富豪に売っていた。もちろん中にはアーノルドが入っている。アーノルドは科学者から、家政婦に転職した。
献身的に「アル」は働いた。しかし、大富豪が飽きた頃を見計らって仲間に連絡を取って逃げようとアーノルドは決めていた。
ある昼下がりの事だった。「アル」はホウキとチリトリで玄関を掃除していた。その時、大きなトラックが駐車場に止まり、作業着を着た数人の男が荷台からシートに覆われた大きな物体を下ろすのが見えた。
あれは何だろう。
「アル」は掃除を続けながらトラックに近づき、そばにいた富豪に声をかける。
「コンニチハ」
「おう、アル。喜べ、今日からもう一台増えるぞ」
富豪は立派なあごひげをさわりながら「アル」に声をかけた。
「ドウイウ コト デスカ」
「実は、ロボットというものを作った男がもう一人現れて、ワシがそれも買ったんだ」
地上に降ろされた物体のシートが勢いよく外される。そこには金色にかがやく四角い頭の人型の機械があった。そのロボットは滑らかにお辞儀をしてから声を発した。
「ハジメマシテ ワタシノナマエ プルーン デス。ドウゾ ヨロシク」
プルーンはアルの前に握手の手を出す。
「じゃあ、仲良くやれよ」
富豪は新しいロボットを手に入れた瞬間に、興味を無くしたようだった。そう言って振り返りもせずに消えていった。
(やばい、本物のロボットを作った奴がいる)
焦ったアーノルドはプルーンの背後に回り、背中のハッチを開けて回路図を確認しようとした。
プルーンが素早く動く。
アルの手をプルーンの手が掴んだ。
「やめろ。お前アーノルドだろう」
プルーンは、ぎこちない話し方ではない滑らかな口調でささやいた。
「俺の事を知っているのか」
「知っています。私の名前はプル。あなたが以前発表したロボットの回路図を見ました。それを見て、私の回路図を組み合わせられないか。組み合わせるとすばらしい機械が出来るのでは無いかと閃きました。失踪したあなたを探していました」
「よくわかったね」
「ええ、同じ事を私も考えていましたから。そんな事より、私の回路図を見てください……」
意気投合した二台のロボットは、いや、二人の科学者は、後々パソコンを発明する。世界はパソコンにより、飛躍的に発達をとげる。二人の開発したパソコンは二人の名前を取って「アップル」と名付けられる。
とある世界があった。そこには電気はあった。電卓もあった。しかしパソコンの機能をする機械は存在しなかった。すべて人間が紙と鉛筆で計算し、設計図を書いていた。
アーノルドという名前の科学者がいた。彼は世界に先駆けてパソコンを開発していた。しかも自分で考えて行動する人工知能を搭載したロボットを作ろうと研究していたが、完成のめどは立っていない。
その夜のアーノルドはひどく酔っていた。バーのカウンターで、記者相手にこんな事を言ってしまった。
「とうとう完成したよ」
「いよいよ完成しましたか。おめでとうございます。いつ発表されますか」
「君と僕の仲じゃないか。今から研究所に来るといい。見てくれ」
「本当ですか。喜んでおじゃまします」
アーノルドは軽い気持ちで新聞記者を誘った。ロボットは完成などしていない。中身は空っぽの銀色のボディがあるだけだ。
記者魂に火が点いたのか、アーノルドの背中をぐいぐい押して二人は研究者にやってきた。引っ込みのつかなくなったアーノルドはロボットの中に潜り込んだ。
「コンバンワ」
パントマイムが特技のアーノルドがぎこちない動きをしながら扉を開けると、記者は写真をフラッシュと共に何枚も取り、ロボットに質問を浴びせる。
「君の名前は?」
「アル」
「開発者の名前だね。アル、君の得意技は何?」
「四則演算」
(おれは暗算も得意だからな)
「こうしちゃいられない。アーノルドは見あたらないが、写真は押さえたし、開発者自らの発表だから記事にしてもいいだろう。朝刊に間に合うぞ」
記者は駆けだしていった。
(まずいことになった)
研究所には足をがたがた震わせる銀色のロボットだけが残された。
そこからの展開は早かった。次の日、朝刊に記事が載り、世間は大騒ぎとなった。アーノルドの元に取材の申し込みが殺到した。
気がつくと、借金まみれのアーノルドは、ロボット「アル」を巨額のお金を提示した大富豪に売っていた。もちろん中にはアーノルドが入っている。アーノルドは科学者から、家政婦に転職した。
献身的に「アル」は働いた。しかし、大富豪が飽きた頃を見計らって仲間に連絡を取って逃げようとアーノルドは決めていた。
ある昼下がりの事だった。「アル」はホウキとチリトリで玄関を掃除していた。その時、大きなトラックが駐車場に止まり、作業着を着た数人の男が荷台からシートに覆われた大きな物体を下ろすのが見えた。
あれは何だろう。
「アル」は掃除を続けながらトラックに近づき、そばにいた富豪に声をかける。
「コンニチハ」
「おう、アル。喜べ、今日からもう一台増えるぞ」
富豪は立派なあごひげをさわりながら「アル」に声をかけた。
「ドウイウ コト デスカ」
「実は、ロボットというものを作った男がもう一人現れて、ワシがそれも買ったんだ」
地上に降ろされた物体のシートが勢いよく外される。そこには金色にかがやく四角い頭の人型の機械があった。そのロボットは滑らかにお辞儀をしてから声を発した。
「ハジメマシテ ワタシノナマエ プルーン デス。ドウゾ ヨロシク」
プルーンはアルの前に握手の手を出す。
「じゃあ、仲良くやれよ」
富豪は新しいロボットを手に入れた瞬間に、興味を無くしたようだった。そう言って振り返りもせずに消えていった。
(やばい、本物のロボットを作った奴がいる)
焦ったアーノルドはプルーンの背後に回り、背中のハッチを開けて回路図を確認しようとした。
プルーンが素早く動く。
アルの手をプルーンの手が掴んだ。
「やめろ。お前アーノルドだろう」
プルーンは、ぎこちない話し方ではない滑らかな口調でささやいた。
「俺の事を知っているのか」
「知っています。私の名前はプル。あなたが以前発表したロボットの回路図を見ました。それを見て、私の回路図を組み合わせられないか。組み合わせるとすばらしい機械が出来るのでは無いかと閃きました。失踪したあなたを探していました」
「よくわかったね」
「ええ、同じ事を私も考えていましたから。そんな事より、私の回路図を見てください……」
意気投合した二台のロボットは、いや、二人の科学者は、後々パソコンを発明する。世界はパソコンにより、飛躍的に発達をとげる。二人の開発したパソコンは二人の名前を取って「アップル」と名付けられる。
こんな占いはいやだ。
ずっと、ぼんやりした事しか言わない。
新しい出会いがあるかもしれないし、ないかもしれません。
仕事運はいいかもしれないし、悪いかもしれません。
ラッキーカラーは黄色かもしれないし、黄色じゃないかもしれません。