西国寺は広島県尾道市にある真言宗醍醐派大本山です。山号は摩尼山、院号は総持院となっています。
奈良時代の天平年間(729-749)に、行基が巡国中にこの地で加茂明神の霊夢を見たことにより建立されたと寺伝には伝えられています。
『西國寺由来記』によると、平安時代初期の治暦2(1066)年に火災により堂宇の大半を焼失したが、白河天皇の勅命により、当時の住職・慶鑁によって復興したと記載されています。
永保元(1081)年には愛宕山の山麓から中腹にかけて巨大な伽藍が完成し、翌永保2(1082)年、白河天皇の祈願所となったようです。さらに天仁元(1108)年には法皇となった白河上皇により勅願寺となり、官寺として100を超える末寺を持ち、山陽道随一の伽藍を誇り、正和元(1312)年、花園天皇の綸旨を受け寺院の名称を西国寺としたそうです。
現在においても、尾道市の寺院の中で最大の規模を誇っています。
至徳3(1386)年、備後国守護大名山名氏により建立された、金堂です。重要文化財に指定されています。バランスのよい、美しい建物です。
永享元(1429)年、足利義教の寄進により建立された三重塔です。重要文化財に指定されています。こちらも美しい建物です。
当日は、天候もよく絶好の散策となりました。
奈良時代の天平年間(729-749)に、行基が巡国中にこの地で加茂明神の霊夢を見たことにより建立されたと寺伝には伝えられています。
『西國寺由来記』によると、平安時代初期の治暦2(1066)年に火災により堂宇の大半を焼失したが、白河天皇の勅命により、当時の住職・慶鑁によって復興したと記載されています。
永保元(1081)年には愛宕山の山麓から中腹にかけて巨大な伽藍が完成し、翌永保2(1082)年、白河天皇の祈願所となったようです。さらに天仁元(1108)年には法皇となった白河上皇により勅願寺となり、官寺として100を超える末寺を持ち、山陽道随一の伽藍を誇り、正和元(1312)年、花園天皇の綸旨を受け寺院の名称を西国寺としたそうです。
現在においても、尾道市の寺院の中で最大の規模を誇っています。
至徳3(1386)年、備後国守護大名山名氏により建立された、金堂です。重要文化財に指定されています。バランスのよい、美しい建物です。
永享元(1429)年、足利義教の寄進により建立された三重塔です。重要文化財に指定されています。こちらも美しい建物です。
当日は、天候もよく絶好の散策となりました。