館林ロストシティーランブラーズ・フォークソングシングアウト

フォークを歌って43年の坂を今登坂中。世間に一言あってこそフォーク。軟弱アコースティックミュージックにシングアウトだ!

2017・梅雨明けの沖縄その3・・読谷村のユキちゃんそして、きゃわゆいリンちゃんの出産祝いに。

2017-07-04 05:19:05 | 旅は続く


朝は・・・考えたら、離島で素泊まり・・・コンビニしか食事が提供される場所は無かった。波照間島を思い出しただよ・・・
島に2軒あるファミマ・・・・豪華な弁当に、赤いきつねを付けただよ!
この「きつね」・・・・館林なら「濃い口しょうゆ」の色だが、明らかに「薄口しょうゆ」の感じ?もしかしたら、関西以南はそうなのかも?と、想像は果てしなく・・・



8時のフェリーに乗って、本部港から「やんばる急行」の高速バスで名護・世冨慶まで・・・
30分待って、122番線に乗り換え、読谷村を目指す。



西海岸は比較的海が綺麗だ。



やがて、喜納バス停・・・下車。



何度も側を通っているが、立ち寄ったことのない「喜納番所」を訪ねる。「番所」は尚王朝時代の間切り(行政区)の役所跡だ。



ペリーはここまで、占領すべき沖縄の調査に入っている。写真は、その時随行した「画家」が描いたものだ。



今は、「道の駅」ながら、実にユニーク!
物品の販売は無い・・野菜もお菓子も無い!あるのは、ベーベー(たまきさん)が読谷村をガイドする嗜好の、素敵な道の駅のみだ。ガイドはボランティア4人で行っているらしい。



資料も充実・乾いたのどをいやすお茶など出てきて、素敵!
いろんな話をベーベーとしていたら、これから僕が会う、お嬢様の義理のお父様とお知り合いで、話がはずんで面白かった。
この番所は午後には、学童が気軽に立ち寄って、勉強などしたりする「児童館」のように使われているらしい・・・

僕がいる間にも2人ほど、観光客が来たが、皆「道の駅」に物産がないので、驚いて(がっかりして)すぐ出て行ったのだった。

なんだか、読谷村らしくて、いいんじゃないかな、こんな道の駅!



そうなのだ、あのウッドランドのHさんの娘は、生まれた時から「あかんべやま」で育ったのだが、やがて、全国を旅して、沖縄のここで、金城窯で修業をして、陶芸を生業にし、旦那も見つけ、初めての子どもが生まれたのだった。

ユキちゃん!すっかり、ウチナンチューになったが、赤ちゃんを見に僕は来て、ここで待ち合わせしたのだった。

読谷で行きたいところをリクエストしてあったので、案内してもらった。

まず読谷村役場・・・全国で「村」ながら、一番人口の多い村・・・読谷村役場はお見事だった。
ひんぷん(門と母屋の目隠し?沖縄の典型的な家の造り)のある役場。米軍が最初に上陸した本島の地は、沖縄では戦争が終わっていないことを伝えている。



役場入り口の、尊厳のある門柱に圧倒される。そうなのだ、今沖縄で問われているのは、地方自治なのだ。
中央が交付金で地方を支配し、従わせるという、名ばかりの自治のことだ!



誰しもが役場に入るときに、ここを通るという場所に「憲法9条」が掲げられるお役所がここにはあった。



庭の片隅には、屋良朝苗・・・アメリカ世の時代の初の「公選制主席」復帰後には初の「公選制沖縄県知事」はここの出身であった。
日米両政府の裏工作にもかかわらず(この裏工作が明るみに出るのは2010年の外交公開文書だぜ)、県民は保守系の西銘を選ばず、彼を選んだ島だったよなぁ・・・・



次にやってきたのは「赤犬子(あかいんこ)」・・・琉球古典音楽の始祖と言われる方が祭られている場所だ。今も年に1度、歌と三線、舞が奉納されているらしい。
すごく悲しく、素敵な赤犬子の民話がここに祭られているのだが、長いので割愛・・・「赤犬子」で検索すれば、すぐに話を読むことが出来るよ。

一応リンクを貼っておく。興味のある方はクリック。



子どもを抱えた獅子は初めて見たが、赤犬子がさすが祭られてるお宮と納得!!!



ユキちゃんの工房兼自宅に到着。仲間の方が、ろくろを回していた。



凛ちゃんだよう!俺に抱かれても泣かないぜ!だいいち、いい名前じゃないの?出会った女性で最高峰のあの、石垣りんさんと同じってのが素敵。



ちょいと、風邪気味の凛ちゃんだったので。しばしくつろいで、バイバイしたのだった。



彼女の自宅前の道路から読谷線(読谷バスターミナルから那覇バスターミナル・28番・29番線)が出ているので、遊び&買い物で北谷を目指す。



いつもの店でアロハを購入。今回は着やすいレーヨン生地にした。



遅い昼飯・・・




サンセットビーチは、ナイスバディーのアメリカのベーベーたちが良く泳いでいるのだが・・この日は、干潮。ミネさんにナイスバディ写真と思ったが、水着姿ではなかった・・・



近くのホテルに無料の足湯があって、10分ほど疲れを癒した・・・



歩いて120番線に行く。降りた停留所の一つ那覇よりの停留所。やがて、僕のホテルの近くで下車した。国際通りから離れた、初めてのホテルだったが、ここらの土地勘もあるので、たぶんここらの路地を行けば、あのあたりか?と、ちょいと散策してみた。



ついでに、10月ではスナックのはしごをご所望のミネさんのために、スナック街も散策した。



梅雨明けの沖縄は暑い・・・引っ越して6月から新たに開店した「ひばり屋」でアイスカフェオレ!



露天・屋台のコーヒーで、ガイドブックにも載って、固定客も多い。飲み物は美味しい。



平和通りの南の端にある、安いマッサージを受けて、ホテルに戻り、7時過ぎに夜の沖縄。



いつもの小桜・・・・3代目になって若い店主には若い客層へ・・と、変化している。昔を知るものは、ちょいと哀愁かな?





客や店主としばし話などしつつ呑む。



2軒目は、しょうがないので、タンパラヤ。



最近は、頼んでいないが、つまみなど出てくる。



〆においしい沖縄そばを食べて、しょうがないから、明日も来るよと、店主セイボーと近況など確かめつつ、ホテルに向かった。
ちょいと呑んだ足で歩くには遠いので、久々にタクシーを拾った。

こうして、ぼくの3日目・・初日の那覇は終わったのだった。
コメント (8)
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