駄々混みのインクライン。
線路と桜をバックに記念撮影。
なんて、まず無理です。
桜をバックに人を撮るだけなら、どこでも同じ。
らしい写真は平日限定であります。
なんて思いながら歩いていると、昼からビールにラーメンスープが災いして、催してきました。
もう少しで公衆トイレですが、金地院に緊急着陸。
まずは、トイレを借りて、散策。
金地院、以下、ウィキペディア参照。
応永年間(1394年 - 1428年)に、室町幕府第4代将軍足利義持が大業徳基(南禅寺68世)を開山として洛北・鷹ケ峯に創建したと伝えるが、明らかではない。
慶長10年(1605年)、徳川家康の信任が篤く、江戸幕府の幕政に参与して「黒衣の宰相」と呼ばれた以心崇伝(金地院崇伝)によって現在地に移され、南禅寺の塔頭とし、自らの住坊として再興された。
慶長15年(1610年)には駿河国・駿府城内に駿府金地院が、元和5年(1619年)には江戸城内北ノ丸に江戸金地院が開かれ、駿府と江戸における崇伝の活動拠点となった。
崇伝は元和5年(1619年)に幕府より僧録に任ぜられた。それまで相国寺塔頭鹿苑院院主が務めていた僧録職は以後、幕末まで金地院住持が務め、金地僧録と呼ばれて五山十刹以下の禅寺を統括する最高機関となった[1]。そして、10万石の格式を与えられ、「寺大名」とも呼ばれる権勢を誇った。
徳川家康の遺言で建てられた、東照宮の一つなんだとか。
徳川の家紋が随所にあります。
桜はないけど、紅葉の時期はよさそうです。
及ばざるは過ぎたるよりまされり。であります。
天井に龍。
紅葉の時期に、改めて来ます。
土曜日でも、写真に誰も入らない。
桜のあるなしは厳しい現実を感じます。
出るとき、ありがとうございます。と、声を掛けられました。
こっちこそであります。