私の友人で、話がやたら面白い人がいます。年に二・三度研究会で会うだけだったのですが、彼には研究発表以外にもう一つ独演会コーナーが設けられるのです。話術も巧みで内容もめちゃくちゃ面白いのですが「本当かよそれ~」と思うような話。私も「まあ良く毎回考えるな」と突っ込むのですが、彼は「いや、これホントなんすよ」と笑う。聞く側も話半分に受け取りつつも、「今回は何を?」と期待しています。彼の授業は予備校でも大人気だそうです。
納豆騒動のその後(捏造?)を聞き、暇じゃないはずなのにあちこちのぞき見しました(しかもこんな記事まで書くバカ)。放送局の責任を問う声。「ほら見ろやっぱり」という声。「ウソだったの、ガーン!」という人、など。面白いと思うのは「TVが信用ならないなら、何を信じたら」という人がけっこういたことです。
TV会社の社長が不承不承謝罪したとの話もありました。もちろんほめられた話ではないのですが、その人の気持ちも分かる気がします。「正しい話を作ったらみんな見たのかよ、みんなが『面白い話が聞きたい』って言うから、作ってあげたんじゃねえか。それなのになんで怒るんだよぉ」ってところじゃないかと。
今回問題になってるたぐいの番組は「エンタテイメント」であって、「正しい内容を伝える報道の義務」とか何とか言うレベルの話ではないと思っています。「実験とかして、いかにも根拠がありそうに装ったじゃないか」と言うかもしれませんが、あれも、「正しそうに見せてほしい」という心理に応えているにすぎないとも言える(たいていまともな検証になっていないのはちゃんと見れば分かると思うんですが)。いわば「生物学的根拠に基づく血液型性格診断」とか、「天文学や統計学に根拠に基づく占い」みたいなもんで、「科学的偽装も(ありがたがるための)サービスのうち」、「信じるものは救われるかもしれないじゃん!」ってところかと。
今回の件で番組は終了に追い込まれるかもしれません。でも、手を変え品を変え、似た番組が復活することでしょう。「何を信じたら?」という反応を見てそう思いました。どうやら「自分で考え、判断する」ということは苦手な人が(それもかなり)いて、人にどうすればいいか教えてもらいたがっている。かといってそういう人に、「食べるだけで痩せるわけないなんて『考えれば』わかるじゃん!!」と言ったり、「あのねえ、痩せるためにはカロリー摂取を減らして運動して・・・」と「正しい話」をしたから耳を貸すか、疑問です。ひたすら「どこかにうまい話はないかなあ」「こうすれば大丈夫!って教えてくれないかなあ」とばかり考えているんですから。そうである限り、「そんなに聞きたいなら、うそでも『こうすればいいんですよ』とうまい話を聞かせてあげましょうか」という人は出てくるに決まってる。それが占いであれ、「科学的ダイエット法」であれ。私の友人の話のように、こっちも話半分に聞きながら楽しむ、あれはその種の番組なんじゃないでしょうか。またこんなどうでもいいことを考えてしまいました。勉強しないと。。。
納豆騒動のその後(捏造?)を聞き、暇じゃないはずなのにあちこちのぞき見しました(しかもこんな記事まで書くバカ)。放送局の責任を問う声。「ほら見ろやっぱり」という声。「ウソだったの、ガーン!」という人、など。面白いと思うのは「TVが信用ならないなら、何を信じたら」という人がけっこういたことです。
TV会社の社長が不承不承謝罪したとの話もありました。もちろんほめられた話ではないのですが、その人の気持ちも分かる気がします。「正しい話を作ったらみんな見たのかよ、みんなが『面白い話が聞きたい』って言うから、作ってあげたんじゃねえか。それなのになんで怒るんだよぉ」ってところじゃないかと。
今回問題になってるたぐいの番組は「エンタテイメント」であって、「正しい内容を伝える報道の義務」とか何とか言うレベルの話ではないと思っています。「実験とかして、いかにも根拠がありそうに装ったじゃないか」と言うかもしれませんが、あれも、「正しそうに見せてほしい」という心理に応えているにすぎないとも言える(たいていまともな検証になっていないのはちゃんと見れば分かると思うんですが)。いわば「生物学的根拠に基づく血液型性格診断」とか、「天文学や統計学に根拠に基づく占い」みたいなもんで、「科学的偽装も(ありがたがるための)サービスのうち」、「信じるものは救われるかもしれないじゃん!」ってところかと。
今回の件で番組は終了に追い込まれるかもしれません。でも、手を変え品を変え、似た番組が復活することでしょう。「何を信じたら?」という反応を見てそう思いました。どうやら「自分で考え、判断する」ということは苦手な人が(それもかなり)いて、人にどうすればいいか教えてもらいたがっている。かといってそういう人に、「食べるだけで痩せるわけないなんて『考えれば』わかるじゃん!!」と言ったり、「あのねえ、痩せるためにはカロリー摂取を減らして運動して・・・」と「正しい話」をしたから耳を貸すか、疑問です。ひたすら「どこかにうまい話はないかなあ」「こうすれば大丈夫!って教えてくれないかなあ」とばかり考えているんですから。そうである限り、「そんなに聞きたいなら、うそでも『こうすればいいんですよ』とうまい話を聞かせてあげましょうか」という人は出てくるに決まってる。それが占いであれ、「科学的ダイエット法」であれ。私の友人の話のように、こっちも話半分に聞きながら楽しむ、あれはその種の番組なんじゃないでしょうか。またこんなどうでもいいことを考えてしまいました。勉強しないと。。。
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