昨夜、不必要と思った C D を断捨離しました。
数十枚の薄い円盤にハサミを入れたんですが、
残した C D や本の内容をサラッとチェックするつもりがドップリ・・・
内容を P C で確認しているとお店の場合は移転や廃業も多く
少なからず驚きました。
緑町商店会も例外ではありませんが、緑町の場合は商店が住宅になる場合が多く、
都心の店舗跡地は背の高いビルに生まれ変わり新たな商業者や住民の
生活が始まるようです。
店舗情報をネット確認してみると、情報が有ってもグーグルの地図に
店舗名が無いケースの多くは店主の高齢化や後継者が無い廃業。
僕が食べたり、顔馴染みになった人達や店の多くが消えていく・・・
まるで Back to the Future の写真のように消えていく!
十番温泉、ハラストアー、宮川、薔薇屋に四ノ橋のキムラヤや魚可津までも!!
だいたい六本木交差点近くのスクエアビルが消えてしまった時に
薄々ながら何でもアリなんだと感じてた。
もっともっと前に青山のユアーズも消えていたから自分が若かりし頃に
見たり、入ったり、飲んだり、食べたり、話してた場所が無くなる寂しさ。
僕の修業した店も大江戸線の麻布十番駅が完成する前に恵比寿に在った
支店に全てを移し十番を去ってましたから記憶の中の十番で現実に在るのは
「豆源」や鯛焼きの「浪花屋」麻布十番大通りで夏木陽介さんがロールスロイスを
見たのが「永坂更科」総本店前。
僕の母校ならぬ母店は2015年39年間の営業を終了・・・
したはずなのに、店名がネット検索にヒット!!!
けれどパン屋どころか食品関係には全く関係ナイ業種!
なのにパン屋の会社名・・・ナゼ?
会社概要など読んでたら、社長の名前に見覚えアリ。
あっ麻布の社長の息子さんの名前だ!
パン屋は継がなかったけど店名を社名にして継いだんだな・・・
僕の修業した店のスピリットは生きていると知り
無性に嬉しくなった夜でした。
社長の最初の質問「オメエ何のパンを作りてぇんだ」
フランスパンと答えたら
「S よ、フランスパンだってよ」とS 先輩に言ってたっけ。
当時の皇太子殿下が某大使館で昼食をとる時のパンは
僕達が焼いたプティだったんです。
社長、数年前から育てている自家製酵母は抜群で大小の気泡をランダムに開けてくれて
ちゃんと味もあるんです。 S 先輩を越えたかもですよ (笑)