Piano Music Japan

シューベルトピアノ曲がメインのブログ(のはず)。ピアニスト=佐伯周子 演奏会の紹介や、数々のシューベルト他の演奏会紹介等

佐伯周子のシューベルトの魅力(No.1757)

2010-07-12 22:53:23 | ピアニスト・佐伯周子
 先日、7/20佐伯周子シューベルトピアノソロ曲完全全曲演奏会第8回 のプログラム曲目を全部聴かせてもらった。感じた点を曲毎に簡単に記す。

ベートーヴェン : 自作主題による32の変奏曲ハ短調WoO.80


  私高本がベートーヴェンの曲を演奏会プロデュースするのは、実は今回が初めて。アンコールで弾いたことは何度か遭遇しているのだが。シューベルトとモーツァルトは軸に据えた作曲家であり、その橋渡しをしているベートーヴェンを2001年以来初めてプログラムに入ったのは不思議な感触である。
 佐伯の演奏を聴いて真っ先に感じたことは

ベートーヴェン32の変奏曲WoO.80は「あまりにもハ短調に執着した曲なんだ!」


である。
 主題から第32変奏曲までの間、第12変奏曲~第16変奏曲の5変奏曲のみが ハ長調。主題と残り27変奏曲がハ短調。『主音 = C(ハ)』は徹頭徹尾換わらない。これだけ頑固な変奏曲は他に考えつかない。「バッハ : ゴルトベルク変奏曲」もト長調の間に何曲かト短調が挿入されるだけだが、WoO.80 は「転調が2回だけ」で、後半の16変奏曲全部が一気にハ短調で突き抜ける。
 佐伯の演奏で聴くと、

ベートーヴェン中期の「ほとばしる情熱」が生々しく浮かび上がる


が特徴。この変奏曲は、主題呈示 → 終曲(第32変奏曲)まで休みなく演奏しなければばらない曲だが、同時期に作曲された交響曲第5番「運命」に似た感じがする。特に第3楽章 → 第4楽章 にアタッカで入る感触に近い。
 音色的には、シューベルトのピアノ曲ほどはオーケストラ的な色彩感覚は感じない。むしろ「ピアノ的透明感」が強く感じられる。ちなみに私高本が調べた範囲では、「ベートーヴェン弾き」と言われる「ベートーヴェンピアノソナタ全曲録音した大ピアニスト」でも、シュナーベル、バックハウス、ケンプ、グルダ、アシュケナージ、バレンボイム は WoO.80 の録音を見付けることは出来なかった。ブレンデルが1回だけ最初期にVOXに録音しているくらい。技巧的に難しい割に、演奏時間が短く「プログラムの中心」には据え難い曲なのが、敬遠されるのだろう。ペダルでごまかすことができない細かなフレーズが次々と現れるので、是非皆様に聴いて頂きたい。

16のドイツ舞曲と2つのエコセーズ 作品33 D783


  「シューベルト:舞曲全集」を録音したエンドレス盤以外では、なかなか「作品33全曲演奏」を聴くことは難しい。
 「ブレンデルが3回全曲録音しているだろう!」ですか?
よくご存知ですね。但し3回全てが「16のドイツ舞曲」のみの演奏なのです。退場行進曲に当たるエコセーズは1回もブレンデルは録音していません!!!
 佐伯の演奏は、これまでの舞曲集「作品9」「作品18」の演奏と同じ路線です。

  1. ソナタ や 小品集 と同じ水準で楽譜を読み、同じ水準で演奏

  2. 生き生きとした「実際に踊る舞曲会場」を想像させるリズム感とテンポ感

  3. 楽しい雰囲気が前面で出る


 生涯「人気舞曲作曲家」として生涯を通したシューベルトが「中期の作品だけで構成した唯一の舞曲集 = 作品33」であり、「さすらい人」幻想曲D760 や 「死と乙女」弦楽四重奏曲D810 の集中力がうっすらと感じられる演奏です。ブレンデルがこの曲集を偏愛したのも納得できます。(エコセーズは生涯録音しませんでしたが)

即興曲集第1集ハ短調 D899/1+D916B+D916C


  もしかしたら、7/20佐伯周子シューベルトピアノソロ曲完全全曲演奏会第8回最大の聴きモノはこの曲集かも知れない。

第1曲D899/1第1稿 は、冒頭の1音を聴いた瞬間にあなたは「佐伯周子がミスタッチ!」と思うかも知れない!


 マジです。ベーレンライター新シューベルト全集は4万円近くするので、聴くために購入することはお勧めできかねるので、

「D899/1第1稿」楽譜を確認したい人は、音楽之友社刊ウィーン原典版「シューベルト:即興曲、楽興の時、3つのピアノ曲」 購入をお勧め


しておく。その他にも「聴き慣れないフレーズ」がてんこ盛り。

シューベルトの作曲経緯 を実感したい方


には、是非今回の演奏会で確認されることをお薦めする。佐伯の演奏は、「D899第2稿 = 最終稿 = 普通に弾かれている稿」で既に全曲演奏した余裕が感じられる。(第2稿演奏は、前々回第6回でとても好評を呼んだばかりである。)

 D916B は、後に「ピアノ3重奏曲」や「交響曲」に転用しただけあって、「ピアノソロ曲」の域を越えている曲かも知れない。「雄大な感じを表出する主題」は果たして中間楽章なのか? 「ピアノ編曲版の交響曲」っぽいフレーズも多い。(晩年ではあるが)まだ30才になったばかりのシューベルトの「これからの人生の抱負」を述べているような曲である。交響曲ニ長調D936A のCDは数種類出ていて私高本も聴くが、個人的には原曲の D916B の佐伯周子の雄大なピアニズムの方が好みである。D936A はシューベルト自身はオーケストレイションしていないので、「他人の手」が入ること無く「シューベルトそのまま」が再現されるからだと思う。ちなみに

D916B は、楽譜を読むと「効果が上がり難い難しいフレーズ」が多過ぎ


だと感じる。
 これでは楽譜商ハスリンガーが出版拒絶するのもやむを得ないか、、、

 今回の佐伯周子の演奏は「素晴らしい演奏で D916B を聴きたい」人には是非お勧めする。

 D916C は評価の難しい曲に感じた。シューベルト自身がソナタ形式の第2主題の半分くらいの小節に「左手パートを未記入」で残した楽譜だからである。7/20佐伯周子シューベルトピアノソロ曲完全全曲演奏会第8回 では、デムス&ゼルダー補筆版の楽譜 = ユニヴァーサル版18575 を使用する。この楽譜以上の補筆ができる「ピアニスト や 学者」は極めて少ない、と私高本は感じる。
 D916C は D916B よりも「粗い」状況で楽譜が残されている上に、転用された曲も発見されていない。「シューベルトの未出版楽譜」は兄フェルディナンドがとても大切にした上に、効果的に楽譜商に売り渡したので「これから新発見される曲」は極めて少ないと予想される。

D916C の佐伯の演奏は、『極めて派手な曲』が第1印象


である。1オクターブを越える跳躍が何回出てくるんだろう! 2オクターブ近い跳躍を往復で8分音符で要求するピアノ曲は他にあっただろうか? 後世の作曲家で同じようなフレーズを「より効果的に書いた作曲家」は実在する。「ラ・カンパネラ」を作曲した リスト など。
 この曲が D899/1第1稿 → D899/1第2稿 のように昇華したらどのような名曲になったのか? それは、31才で早世してしまったシューベルト自身に尋ねるしかない。遺された楽譜に対して「息を呑むような集中力」で佐伯は聴かせてくれた。

ピアノソナタ第19番ハ短調 D958「遺作」


  聴いて呆然とした。

私高本がこれまで聴いて来た D958 は何だったんだ?


  今回プログラムの中心であり、名曲中の名曲であることは間違いない。佐伯の演奏が特に素晴らしいのは、「第1楽章呈示部」と「第4楽章」。他の部分も素晴らしいが、この2ヶ所は「透明な音色」が最も印象的に響く箇所である。そう、「音と音が繋がっているのだが、基本的に指で繋げるテクニック」を駆使している。シューベルトは、友人に「君のピアノは音が歌手の声のように繋がっていて素晴らしい」といわれた逸話がいつくか残されているが、後世のピアニストたちは「右ペダルで繋げる」と間違ってしまったようだ。

佐伯のシューベルトは「指で繋げるだけ繋いで最小限をハーフペダルで繋ぐ」


である。どの曲も全く同じであり、今回プログラムでは「作品33舞曲集」も全く同じ演奏だが、聞き慣れた名曲で聴くと違いが鮮明。

シューベルトが書いた通りの「ダイナミクスの差 = pp → ff など」


が、これほどはっきりと聞こえるのは、佐伯周子の超絶技巧のおかげだと思う。7/20佐伯周子シューベルトピアノソロ曲完全全曲演奏会第8回 の最大の聴きモノは(特に先入観の無い聴衆の皆様には)ハ短調ソナタD958 だと感じた。
 D959 & D960 に比肩する名曲である!
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