本日も7/20プログラムに(長過ぎて)記載できなかった記事を書く。
シューベルトは「不思議な作曲家」で、「Adagio」を「ソナタ楽曲の緩徐楽章」に用いることが極めて稀であった。
『ドイチュ編シューベルト作品カタログ』を読むと新旧両版ともに「D1」の冒頭で「Adagio」があるので盲点になり易い。序曲や交響曲の「序奏」では「Adagio」は度々用いられるのだが、なぜか「緩徐楽章」には用いられることが極めて少なかった。おそらく「ソナタ楽曲の緩徐楽章」で用いられたのは以下の例だけだと推測される。
以上8曲である。
初期作品3作では「完全に仕上がったソナタ楽曲」が1曲も無い。中期の2作は両方仕上がっている。しかし後期の3作では、1作品が「改訂にて除外される」となった。う~ん。
シューベルトが「後世に自信を持って残した Adagio緩徐楽章」は4作品。
どの曲も「シューベルトを代表する名作」ばかりである。これらの「緩徐楽章」に共通点があるのだろうか? もちろん「Andante楽章」と比較してである。(完成したのに、出版を試みた形跡が全く無い「アルペジオーネソナタ」はここでは除外して考えてみる。シューベルト自身は何か不満があったのだろうか?)『出版を試みた Adagio楽章』3作品の共通点である。
D760,D956,D958 の全てに当てはまっているだろう。7/20佐伯周子シューベルトピアノソロ曲完全全曲演奏会第8回で演奏される ハ短調ソナタD958 も「Adagio楽章」が聴きモノの1つ。
である。乞うご期待!
シューベルトは「不思議な作曲家」で、「Adagio」を「ソナタ楽曲の緩徐楽章」に用いることが極めて稀であった。
『ドイチュ編シューベルト作品カタログ』を読むと新旧両版ともに「D1」の冒頭で「Adagio」があるので盲点になり易い。序曲や交響曲の「序奏」では「Adagio」は度々用いられるのだが、なぜか「緩徐楽章」には用いられることが極めて少なかった。おそらく「ソナタ楽曲の緩徐楽章」で用いられたのは以下の例だけだと推測される。
- ピアノソナタ ホ長調D459A の第2楽章初稿=D349(1817)全曲も楽章も未完成
- ピアノソナタ ハ長調D613 の第2楽章=D612(1818)全曲が未完成
- ピアノソナタ ヘ短調D625 の第2楽章=D505(1818)全曲が未完成
- 「さすらい人」幻想曲D760 の第2楽章(1822)
- 「アルペジオーネソナタ」D821 の第2楽章(1824)
- ピアノ3重奏曲変ロ長調D898 の第2楽章初稿=D897(1828)
- 弦楽五重奏曲ハ長調D956 の第2楽章(1828)
- ピアノソナタ第19番ハ短調D958 の第2楽章(1828)
以上8曲である。
初期作品3作では「完全に仕上がったソナタ楽曲」が1曲も無い。中期の2作は両方仕上がっている。しかし後期の3作では、1作品が「改訂にて除外される」となった。う~ん。
シューベルトが「後世に自信を持って残した Adagio緩徐楽章」は4作品。
- 「さすらい人」幻想曲D760作品15
- 「アルペジオーネソナタ」D821
- 弦楽五重奏曲ハ長調D956
- ピアノソナタ第19番ハ短調D958
どの曲も「シューベルトを代表する名作」ばかりである。これらの「緩徐楽章」に共通点があるのだろうか? もちろん「Andante楽章」と比較してである。(完成したのに、出版を試みた形跡が全く無い「アルペジオーネソナタ」はここでは除外して考えてみる。シューベルト自身は何か不満があったのだろうか?)『出版を試みた Adagio楽章』3作品の共通点である。
シューベルト「Adagio 緩徐楽章」の特徴
- 穏やかに長調で開始される。晴れ晴れとした気分。
- 突然降りかかる暗く激しい現実(短調)
- 情感の「巾広さ」が「Andante楽章」の比で無く、巾広い
D760,D956,D958 の全てに当てはまっているだろう。7/20佐伯周子シューベルトピアノソロ曲完全全曲演奏会第8回で演奏される ハ短調ソナタD958 も「Adagio楽章」が聴きモノの1つ。
弦楽五重奏曲を1台のピアノで表出しようとした pp → ffz がD958の最大の聴きモノ
である。乞うご期待!