5月25日に緊急事態宣言が全面解除されるまでの約2カ月間、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために多くのビジネスパーソンは在宅勤務を迫られた。急だっただけに不便を強いられた面が少なからずあっただろう。緊急事態宣言が解除された今こそ、テレワークの課題を総点検し、非常時でも効率よく仕事を続けられる仕組みを確立したい。ビジネスパーソン約3000人への調査結果を基に、テレワークの生産性を上げる方策を探る。
テレワークによって仕事の生産性が「下がった」と感じた人は6割を超える――。日経BP総合研究所イノベーションICTラボが4月に実施した「新型コロナ対策テレワーク実態調査」の結果である。
日経BP総合研究所イノベーションICTラボが4月13~19日に実施したウェブ調査「新型コロナ対策テレワーク実態調査」で「あなたのテレワーク利用による業務の生産性は、普段、職場で仕事に取り組む場合を100とした場合、どれくらいですか」と尋ねた結果。回答者は日経BPのデジタルメディアの読者・会員(国内在住)。調査全体の有効回答数は2917件
調査で「テレワークを利用している」と回答した人に「あなたのテレワーク利用による業務の生産性は、普段、職場で仕事に取り組む場合を100とした場合、どれくらいですか」と尋ねた。すると、回答が100未満だった人、つまり生産性が下がったと感じている人の割合が合計で62.8%に達した。
生産性が100超、すなわち上がったと答えた割合は12.3%にとどまった。テレワークによって生産性の低下を実感する人が多い事実が浮き彫りになった。
その原因の1つといえるのが、対話のストレスだ。テレワークはウェブ会議やビジネスチャットなどのIT(情報技術)ツールを使って意思疎通を図ることが多い。これらのITツールは便利ではあるが、相手の表情が読み取りにくい。ウェブ会議ソフトは話し相手の顔をパソコンなどの画面に映し出せるが、微細な表情までは読み取りにくい。
対話に支障があるとの実態を裏付けるデータもある。3000人調査で「テレワークを阻害する要因」について複数回答で聞いたところ、最多は「同僚(上司や部下を含む)とのコミュニケーションに支障がある」だった。37.3%の人が選んでいる。自由意見でも「実際に顔を見て打ち合わせている時の微妙な表情の変化や雰囲気などはとても大切に感じます。オンラインミーティングはまだまだ映像の精度が低い印象です」といった声があった。
■ウェブ会議の仕切り役に求められるスキル
「ウェブ会議にはリアルな会議とは違った、独特の仕切り方が求められる」。テレワークに詳しいコンサルティング会社アネックスの天笠淳代表取締役はこう話す。互いの顔が見えにくいという欠点を認識したうえで活用すれば、対話を円滑に進めやすい。
例えば会議の仕切り役が参加者の名前を呼んで発言を促すことが肝要だ。「佐藤さん、意見はありませんか」という具合である。「誰か意見はありませんか」はよくない。参加者はリアルな会議と違って、場の雰囲気をつかみにくいからだ。「今、誰が話そうとしているのか。自分が発言すると、他の人はどんな反応をしそうなのか。そうした状況が見えない中では、なかなか発言しにくいものだ」(天笠氏)
仕切り役が「誰か意見はありませんか」などと投げかけるだけでは、ほかの参加者は応じにくい。ウェブ会議がしーんと静まりかえり、時間だけが過ぎていってしまう恐れがある。発言時は最初に自分の名前を名乗ってもらうなどのルールも設けたい。
表情が見えにくいだけに、ウェブ会議は対面よりも言葉の重みが増す。声の微妙な調子も伝わりにくい。特に反対意見を述べるような場合は慎重に言葉を選びたい。間違って否定的なニュアンスで聞き手に伝わった際、リアルの会議であれば「誤解されたな」と察知してすぐにフォローできる。ウェブ会議はそうもいかない。
■チャットの併用は避ける
ウェブ会議とビジネスチャットのようなITツールを組み合わせる手もある。会議はアイデアなどを発表する場と位置付け、会議後にビジネスチャットで意見を求める使い方だ。ビジネスチャットを使えば、議論の過程や結論を後から振り返りやすくなる。
Slackの画面例(出所:スラック・テクノロジーズ)
そのビジネスチャットにも注意点がある。「1対1のチャットを複数の人と並行するのは避けたい」と天笠氏は指摘する。複数のグループのチャットを同時並行で進行するのもNG。「突然返事が来なくなった」などと相手が戸惑う可能性があるからだ。
「基本的には1人あるいは1つのグループでの対話に集中する。その対話が終了してから次のチャットに移るべきだ」。天笠氏はこのように話す。急な用事が入った場合などは「いったん中断して午後1時ごろに再開しましょう。遅れる場合は連絡します」などと伝える。
■「誘惑」に負けない計画力と実行力
自宅で仕事をしていると、会社と違って様々な「誘惑」がある。テレワークの阻害要因はIT関連だけとは限らない。
ダイニングやリビングで仕事をしていて、ふと時計を見たら午後3時だった。「おなかがすいたな」なんて思いながら菓子に手を伸ばし、ほんの十分間だけ休憩するつもりが、なんとなくテレビをつけてそのまま番組を見てしまい、気づいたら夕方だった、といったことになりかねない。
ノートパソコンに向かっていたらネット通販で頼んでおいた書籍が届き、ついそのまま読んでしまう危険もある。調べ物をするためにネットを見ていたら、気になるニュースが目に入り、そのままニュースサイトを眺めていたら時間が大幅に経過していた、という事態も起こり得る。小さな子がいる家庭なら「お父さん」「お母さん」と話しかけてくるだろう。
テレワーク中は意図せぬ中断を機に集中力が途切れたり、休憩が長引いたりしないように注意をしたい。専用の部屋を確保できるならドアに「仕事中」などと張り紙をしておく、「これから1時間は集中したいから話しかけないで」とあらかじめ家族に伝えておくなどの対策が必要だ。
最も有効なのは、学校の時間割表のような、行動計画表を作ることだろう。あらかじめ休憩時間を確保しておき、時間になったら仕事に戻る。仕事だけではなく、就寝や起床、食事を含め規則正しい生活を普段以上に心掛けることが大切になる。日ごろの生活習慣の改善から取り組む必要があるというわけだ。
緊急事態宣言が解除されたいま、毎日の出社を前提とした3月以前のような世界がまた訪れるのか。答えは残念ながらノーである。大規模災害や新たなウイルスなど新型コロナ級の問題が起こるかもしれないからだ。アフターコロナの時代にふさわしい、新たな働き方の確立が求められている。