先端技術とその周辺

ITなどの先端技術サーベイとそれを支える諸問題について思う事をつづっています。

「ツアーバス」で衛星を届ける

2020年12月03日 21時37分03秒 | 日記

日経によると、『IHI、「ツアーバス」で、安く正確に宇宙へ衛星を届けることを実現!』とのこと。人間を宇宙に運ぶ、宇宙ツアーも日本でも可能かも。 

小型ロケットが宇宙ビジネスの主役に躍り出ようとしている。安く早く正確に打ち上げ、衛星の相乗りで運賃を安く抑えることもできる。日本の宇宙産業を支えてきたIHIのロケット製造子会社、IHIエアロスペース(東京・江東)には宇宙への「ツアーバス」を支える女性技術者がいる。

衛星相乗りで運賃安く

 

2019年1月18日、小型ロケット「イプシロン」4号機が鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられた。現地の管制室で歓声があがるなか、約900キロメートル離れたIHIエアロスペース富岡事業所(群馬県富岡市)では緊張を緩めない技術者がいた。宇宙輸送システム技術部システム技術室の織部杏子さん(36)だ。

 
イプシロン 宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発し、IHIエアロスペースが設計した小型人工衛星打ち上げ用のロケット。国の衛星打ち上げを担う「基幹ロケット」の位置づけで、2013年に初号機の打ち上げに成功した。液体燃料を使う三菱重工業の大型基幹ロケット「H2A」に対し、構造が簡単でコストが安い固体燃料を使う。これまでの打ち上げの成功率は100%で費用は50億円前後。将来はコスト30億円以下を目指して次世代機「イプシロンS」を開発中だ。

ロケットは通常、打ち上がった瞬間が最も盛り上がるなか、織部さんの肩の荷が下りたのはその数時間後。ロケットが無事衛星を軌道に乗せ、衛星の持ち主から確認した、との連絡を受けてからだ。

「社内で誰もやったことがなく、かなりの手探り状態だった」。打ち上げの約1年前、織部さんは挑んだことのないプロジェクトの壁に直面していた。小型ロケットは相乗りで運賃を安く抑えることもでき、「ツアーバス」に例えられる。イプシロンが複数の衛星を別々の軌道に放ったのは、この打ち上げ時が初めて。地上約500キロメートル、同480キロメートルという2通りの高度の軌道に7つの衛星を分けて打ち上げる必要があった。

数万通りの解析、精度高く

IHIエアロスペースの織部さんはイプシロン4号機に載せる衛星のインターフェースの調整を担当した

織部さんが担ったのは、4号機に載せる衛星のインターフェースの調整担当。いわばツアーバスのシートの仕様決めや打ち上げ前の準備だ。社内や宇宙航空研究開発機構(JAXA)のエンジニアと相談しながら製造レベルの誤差や打ち上げ時の風の強さなど数万通りもの膨大な解析をはじき出し、顧客と衛星の仕様を擦り合わせた。海外から取り寄せた部品も、顧客の仕様に合わせて何度も問い合わせ、完成に近づけた。家に帰れば幼い息子が待っている。限られた時間で仕上げることにこだわった。

「軌道投入精度が高くてよかったよ」。打ち上げ後、顧客の大学教授らからねぎらいの言葉を受けたとき、ようやくほっとした。

毛利さんの「無重力」に夢中

高校生時代に宇宙に目覚めた。宇宙飛行士の毛利衛さんが無重力状態で浮いている図鑑の写真にくぎ付けになった。「国境もなく、科学や文化が発展する場所というイメージ」。もともとエンジニアを志望していたが、特にロケットの面白さに引かれ、東海大学工学部の航空宇宙学科に進んだ。ロケットサークルに入部し、制作に夢中になった。

IHIエアロスペースに入社したのは09年。部署は同じだが、技術者としてロケットを打ち上げる「固体ロケットブースター」や6日に地球に帰還する「はやぶさ2」の衛星分離部などを担当した。産休や育休を経て17年以降は、イプシロン4号機の衛星インターフェースの調整などに取り組んできた。

小型衛星の存在感高まる

イプシロンとして初めて複数の衛星を積み込んだ4号機(2019年、鹿児島県)=JAXA提供

より価格を抑えた次世代機「イプシロンS」による宇宙輸送サービスに挑む。衛星を使った画像や通信のサービスを提供するスタートアップなどの需要が増えるなか、小型ロケットの存在感が高まる。宇宙関連の調査会社ユーロコンサルによると、20~29年に世界で打ち上げられる500キログラム以下の小型衛星は約1万基と、それまでの10年間と比べて5倍超になる見通しだ。織部さんは技術営業担当として、国内外問わず新たな「ツアーバス」の顧客集めや仕様決めに奔走する。

イプシロンSが目指す打ち上げ価格は、現行のイプシロンより4割安い30億円以下だ。23年にJAXAが実証機を打ち上げるが、その後はIHIエアロによる輸送サービスに切り替わる。新型コロナウイルスの感染拡大の影響でテレビ会議が中心だが、受注をとれなければ安くできない。どのような衛星に打ち上げの需要があるのかを調べながら、営業部と一緒に衛星を打ち上げたい顧客に売り込んでいる。

競争は激しい。海外ではインド製など打ち上げ費用の安価な小型ロケットも台頭する。「海外製の価格と比べてどうか」と顧客の目線もシビアだ。一方、安いロケットは一定の軌道に放つだけで、イプシロン4号機のように細やかな軌道の調整はできない。同ロケットはすでにベトナムの地球観測衛星を受注しているが、織部さんは「軌道投入の精度や乗り心地の良さなどの強みをアピールしていきたい」と意気込んでいる。

息子と「いつか発射場に」

技術者と母親の顔をもつ織部さん。息子と「イプシロンの発射場を見に行きたい」と話す

「大勢で一つのモノを作り上げる面白さがある」。織部さんはロケットの魅力をこう語るが、象徴的だった出来事がある。12年の入社4年目にIHIエアロスペースのブースターを使った基幹ロケット「H2A」の打ち上げに参加した。発射管制室にはJAXAやロケットを製造する三菱重工業らのメンバーもおり、織部さんは自分が担当した固体ロケットブースターに問題がないかを点検するため、若手ながら参加することになった。

一発勝負の打ち上げ時刻が近づくなか、織部さんは部品のひずみを把握するために試験的に計測しようとしていたデータがとれないことに気づいた。「異常があるようです」。織部さんの一声で、すぐに数十人が集まる対策会議が開かれた。富岡事業所の上司とも電話連絡を取りながら原因などを検証し、最終的に約30分で「打ち上げ可能」との判断に至った。他社もいる張り詰めた空気の中、短時間で判断する現場を初めて体験した。

「ロケットは着火する瞬間がかっこういいし、打ち上げはお祭りみたい。スピードをつけると地球に落ちてこないのが面白い」。織部さんのロケット熱は冷めない。プライベートでは母の顔に戻る。「いつか一緒にイプシロンの発射場を見に行きたい」。宇宙開発の最先端を支える母の背中は、幼い息子にも力強く映っているはずだ。