新型コロナウイルスは、世界中の政治指導者たちをも感染の渦に巻き込み始めており、危機的状況下にある彼らの統治能力の足かせとなりつつある。各国政府の最高ランクの人々でさえも、この感染症の魔の手が届く範囲にいることが明らかになってきた。
エマニュエル・マクロン仏大統領は、同国政府の閣僚が同ウイルスに感染したことを受け、対面での会合を制限した。イタリアでは、複数の州知事がソーシャルメディアを通じて自らの感染を明らかにした。イランでは、大流行が始まってから何十人もの政府当局者、国会議員らがウイルスに感染している。
米議会では、テッド・クルーズ上院議員(共和、テキサス州選出)を含む6人ほどの議員が、自主的隔離状態に入っている。ただし、何らかの症状やウイルスの陽性反応が出た議員はまだいない。このうち何人かは、ウイルスに感染した男性と保守派の政治集会の場で接触したことを受けて、こうした対応を取っている。
政治機構内部でのコロナウイルスの拡散は、まさにその性質上ウイルスにさらされやすいさまざまな機関に、困難な課題を突きつけている。各国の首脳や議員の多くは、70~80歳代であり、この感染症による死亡率が高いグループに属する。彼らはまた、法案の討議や投票のため、グループで行動することが多く、保健医療専門家らが最優先の感染防止策とみなしている「ソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の確保)」という手段を奪われている可能性がある。
ナンシー・ペロシ下院議長(民主、カリフォルニア州)は、議員と一般市民のために議会の扉を開き続けると約束した。彼女はまた、議会の審議のスケジュールを変更することはないと強調した。国民の助けとなる法案を可決する必要があるというのがその理由だ。米上下両院は、今週末から1週間の休会期間に入る。
イタリア・ラツィオ州知事のコロナウイルス感染が確認された後、州政府の建物を消毒する作業員(8日、ローマ)
ある議会職員によれば、ペロシ氏は10日、議員らに対し「われわれは船の船長だ。船を去るのは最後になる」と語った。
議会関係者は11日、新型コロナウイルスに対する懸念のため公的出張を取りやめ、議員は人々と自撮りや握手をすることについて注意を喚起された。また、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が閲覧した電子メールによれば、有権者との集会はインターネットを介して行い、個別の訪問客に会う際には事前に健康をチェックするよう指示している。
ドナルド・トランプ大統領は、各種イベントに出掛け、支持者たちと握手を続けている。マイク・ペンス副大統領は、こうした行動を大統領は今後も続けるだろうと指摘。「大統領も言っているように、われわれのような職業では、だれかが握手を求めてきたら握手するものだ。大統領もそうし続けるだろう」と語った。
他の政治指導者らは、新しい手法を見つけ出そうと悪戦苦闘しており、会合を減らしたり、対面での会合をビデオ会議に切り替えたりしている。
イタリア・ラツィオ州のニコラ・ジンガレッティ知事は、「医師から陽性だと告げられた」とツイッターに投稿した。中道左派の民主党の書記長も務めている同知事は、体調は良く、自宅で仕事をしていると述べた。
イタリア議会は、ウイルスに感染した議員の隣に座っていたとして、一握りの議員の登院を禁じている。
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イタリアでは全土で人の移動が制限され、学校は閉鎖、サッカーは無観客試合となっている。ミラノの現在の生活をリポートする(英語音声、英語字幕あり)Photo: Flavio Lo Scalzo/Reuters
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世界最小の国であるバチカン市国では、83歳のフランシスコ教皇が毎週行っている一般謁見(えっけん)を教皇の図書室からの動画配信に切り替えた。これは通常、サンピエトロ広場に集まる熱心な信者たちを前に行っているものだ。
新型コロナウイルスは英国議会もむしばみ始め、保健省のナディン・ドリーズ保健政務次官が感染して体調を崩したほか、他のもう1人の議員も隔離を強いられている。自宅療養中で快方に向かっているというドリーズ氏は、発症前後にボリス・ジョンソン首相を含む一連の人々と会っていた。
政府当局者によると、ジョンソン氏に現在症状は見られず、ドリーズ氏と濃厚接触もしていないため、コロナウイルスの検査は行っていないという。11日の時点で、議会議事堂にあるドリーズ氏のオフィスの扉には、「COVID-19 立ち入り禁止」との表示が貼られている。
ドリーズ氏はツイッターで、「ひどいことになったが、最悪期を脱したと思いたい」と述べた。
下院議員は感染している可能性のある人から少なくとも2メートル離れて座らなくてはならないという指針があるにもかかわらず、11日に登院した議員たちは、予算案の説明を聞く際、議場のベンチにかたまって座っていた。
議会の広報担当者は、現段階でコロナウイルスを理由に閉会する予定はないと述べた。議会が閉鎖となった場合、緊急時の対応計画がどうなるのかは不明だ。議員たちは、政府の政策を精査する必要があるほか、緊急の法案について採決を行う必要があるかもしれないからだ。さらに心配なのが、隣にある貴族院(上院)だ。上院議員の平均年齢は70歳だ。新型コロナウイルスは、高齢者を襲うことが多いため、上院での感染拡大は命取りになる可能性がある。フランスの国民議会(下院)では、5人の議員が感染し、3月23日に議会を再開できるか疑問が生じている。この日は地方選挙の後になるが、選挙戦では多くの下院議員が群衆の中で選挙活動を行っている。
フランスのフランク・リーステール文化相は先週、3月2日に下院で始まった他の議員との一連の会合のあと、新型コロナウイルスに感染したのではないかと感じた。2日後、彼は大統領府でマクロン大統領や他の閣僚とともに週1回の会合に出席した。
大統領の側近によれば、仏政府は、「(政府の)継続性を確保するための相応の対応策」を講じており、その中にはソーシャル・ディスタンシング、定期的な体温検査、何らかの症状があった場合の医師への報告などが含まれる。
側近は、「閣僚に対する感染防護ルールは全てフランス国民に対するものと同じだ」と指摘した。
リーステール氏は自宅で隔離状態にあり、テレビ会議を通じて仕事を行っている。リーステール氏の側近によれば、医師たちは同氏が先週、マクロン大統領との会合に出席した際には周囲を感染させる状態にはなっていなかったと考えている。同氏に感染の症状が出始めたのは9日からだったという。
独裁主義的な政府を持つ諸国でも状況はほとんど変わらない。イランの半国営通信社、ファルス通信は新型ウイルスに感染した政府当局者24人のリストを公表した。そのトップはエスハク・ジャハンギリ第1副大統領で、このほかレザ・ラハマニ産業・鉱業・貿易相、Ali Asghar Mounesan文化イスラム指導相も含まれている。
このリストにはまた、20人以上の国会議員も含まれており、その中には1979年の在テヘラン米大使館人質事件の際、大使館を占拠したイラン学生の広報担当者だったマスメ・エブテカール氏も含まれている。エブテカール氏は現在、ジャハンギリ氏よりランクの低い副大統領を務めており、イラン政府内では最も地位の高い女性だ。イラジ・ハリルチ副保健相、改革派として知られるマフムード・サデギ議員、議会外交委員会のモジタバ・ゾンヌーリ委員長も同様に感染している。
トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領は11日、同国保健当局が同国初の新型ウイルス感染者の確認を発表した数時間後、首都アンカラにある議会の建物に姿を現したが、その近くにはサーマルカメラを携えた男性がついていた。
トルコのテレビによれば、このカメラは大統領に近づいてくる人々が、病原体感染の兆候かもしれない高熱の有無を感知するのに役立つ。カメラは英国で設計されたもので、ネットでの販売表示価格は約1万3000ドル(約136万円)。
エルドアン氏はその後、与党・公正発展党(AKP)の議員らに対し、「われわれの対策以上に強力なウイルスは存在しない」と強調した。