エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

1-IV-19

2020-11-10 09:15:04 | 地獄の生活

彼女は泣いていた。大きな涙の粒が音もなく彼女の無表情な顔を伝って流れ落ち、頬に塗った白粉に幅広い畝を作っていた。

「この男はすべてを知ってる」彼女は呟いていた。「なにもかも知ってるんだわ!」

「ああ、それも思わぬ事の成り行きなのですよ、誓って申しますが……。僕の性格からして、他人が自分のことに鼻を突っ込むのを好まないので、自分も他人の詮索をしたりは決してしないのです……。すべては偶然のなせる業でしてね。四月のある昼食後のことです。僕は森の散歩に貴女をお誘いしようとやって来ました。今いるこの閨房に通されたところ、貴女は手紙を書いておられる最中でした。僕は座って貴女が書き終えるのを待っていました。ところが何か急を要する用のため貴女は呼ばれ、急いで部屋を出て行きました。貴女のテーブルに近づこうと何故僕が思ったか、それは自分でも分かりません。いずれにせよ僕は近づいて、中断された貴女の手紙を読んだのです。誓って申しますが、それは僕の心を打ちました。その証拠に、今でもその文言を殆ど文字通りに思い出すことができるほどです。ご自分で判断ください。

『拝啓』、と貴女はロンドンの相手に向かって呼びかけていました。『この四半期分の五千フランに加えて補足の三千フランを送ります。遅くならないうちに、あの子の手もとに届くようにしてください。あの可哀想な子は債権者たちに追いかけ回され、苦しめられています……昨日私は幸運にもエルダー通りであの子を垣間見ることが出来ました。冴えない顔色で悲しそうでした。そのとき以来、私は生きた心地がしません。それはそうとして、このお金を渡す際、あの子に保護者らしい戒めの言葉を一緒に与えてやってください。あの子はちゃんと勉強をして、名誉ある地位につくことを考えねばなりません。この腐敗したパリという街の中で支えてくれる人も家族もなく、一人で生きていくということは如何なる危険を伴うことでしょう……』

そこで、親愛なるマダム、貴女の手紙は中断されていました。しかし、宛名と住所は書かれてありました。それだけで十分事足りました。が、それ以上に僕の好奇心はかき立てられたのです。貴女が戻られたときの僕たちの態度を覚えておられますか? 書きかけの手紙のことを忘れていたことに貴女は気がついた。そのとき貴女は真っ青になり、僕の方を見ました。『あなた、読んだの? 理解したの?』と貴女の目は尋ねていました。僕の目はこう答えました。『ええ、読みましたよ。でも僕は口外しません……』と」

「私も口外はしませんわ」とマダム・ダルジュレが言った。

ド・コラルト氏は彼女の手を取り、唇に持っていった。

「僕たちはお互いに分かり合えると思っておりました」彼は重々しい口調で言った。「僕は邪悪な人間じゃないんですよ、本当はね。信じてください。もし僕にあんな年利収入があれば。それか、貴女のような母親がいてくれたら……」

マダム・ダルジュレは顔を背けた。もしド・コラルト氏が彼女の目を見れば、彼女が彼をどう考えているか、知られてしまうと怖れたのかもしれない。しばらく間を置いたのち、懇願の口調で彼女は言った。

「こうして私は貴方の共犯者になったわけですから、どうかお願いです、貴方のお力で今夜起こったことが世間に広まらないよう出来る限りのことをしてくださいませんか……」11.10

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