エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

1-IV-18

2020-11-09 09:52:17 | 地獄の生活

彼は無意味な質問に答えることを強要されたときのように、じれったそうな身振りをし、やがて同情的な様子を装いながら答えた。

「そう仰るなら、仕方ありませんね。これはパリの社交界筋から聞いたことですがね、ある好青年が、正確に言うとエルダー通りに住んでいるんですが、僕は彼の身の上をよく羨ましく思っていたんです。生まれたときから何不自由ない生活---ルイ十四世ばりの、日々のちょっとした楽しみのためにどんな金持ちの子供より三倍も多く金が使えるというような---をしていました。学校を卒業すると、付き添いの家庭教師が雇われ、彼をイタリアやエジプトやギリシャへの贅沢な旅行に連れて行きました。現在彼は法律関係に従事しています。そして三カ月ごとに必ずロンドンから一通の手紙が届いて彼に五千フランが転がり込んでくる。この青年は父の顔も母の顔も知らないというから更に一層驚くじゃありませんか。彼はこの世に独りぼっちで暮らしています。七万リーブルの年利収入と共にね。彼が笑いながら、自分は親切な妖精が守ってくれているのだと言うのを聞いたことがあります。しかし本当のところ、彼は自分がイギリスのさる高貴な身分の人の子供なのだと信じているようです。ときどき仲間内で酒を飲んだときなんかに自分の父親を探しに行く、なんて話をすることがあるぐらいですから……」

この話を聞かせたときの相手の反応はド・コラルト氏を満足させたに違いない。マダム・ダルジュレは最初の数語を聞いただけで、まるで棍棒で殴られたように長椅子の上に倒れ込んでいたからだ。

「というわけで、親愛なるマダム、もし貴女が僕を痛めつけようなどという考えを起こした暁には、今話したこの青年に会いに行きますよ。『あのね、君』と僕は言ってやります。『君はすっかり思い違いをしているよ。君に送られてくるお金というのは、イギリスのやんごとなき御夫妻の金庫ではなく、とある『賭け金入れ箱』からなのさ。僕はよく知っている。というのは僕もときどき二十スーを入れて貢献しているからね』 と。で、もし彼が腹を立て、どこかの貴族の落とし胤という幻想にまだ執着していたら、こう言ってやりますね。『君は間違っている。もし君の立派な御父上が逝去なさったら、残るのは親切な妖精だけ、つまり君の尊敬すべき母上だ。彼女にとって君の教育と年利収入は悩みの種になるだろうねぇ』とね。それでもまだ疑うなら、僕は彼を親愛なるママのところへ連れて行きます。バカラの夜に。ファルグイユ(19世紀のフランスの女優。もとオペラ歌手だったが後に商業演劇に転身した)も顔負けの名場面になることでしょうよ」

ド・コラルト氏以外の男であったらマダム・ダルジュレを哀れに思ったであろう。彼女は苦悩のために喘いでいた。

「このことを怖れていたのよ!」彼女は殆ど聞き取れないような声で呻いていた。が、彼は聞きつけた。

「え、何ですって!」と彼はひどく驚いた調子で叫んだ。「あなたは疑っていたのですか、本当に?……いや、まさか、そんなことはないでしょう。それでは貴女の長年に亘る経験に対する侮辱になる……。僕たちのような人間は、互いの言い分を聞いて理解し合うことが必要なのではないですか? 僕が貴女の母親としての愛情や献身や心遣いに関する秘密を知ることがなかったら、ここでしたようなことは決してしなかったでしょう……」11.9

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