「まぁ、何てこと思いつくの……」と黄色い髪の女たちは悲嘆の呟きを洩らした。
しかしウィルキーは有頂天になった。
「こいつぁお洒落だ!」と彼は宣言した。「すっげぇお洒落!」
その言葉にシュパンは振り返りさえしなかった。彼はドアを半分開け、敷居の上に立つと、ド・コラルト子爵に皮肉な身振りで挨拶をした。
「ではまた、ムッシュ・ポール」はっきりした口調で彼は言った。「マダム・ポールによろしくとお伝えください」
居合わせた者たちがこれほどびっくり仰天していなかったら、この名前がどれほど子爵に衝撃を与えたかに気がついたであろうに。彼は真っ青になり、椅子の上でよろめいた。それから突然立ち上がると、たった今このポールという名前で彼を打ちのめした男の後を追いかけようとした。
しかし無駄だった。シュパンはもう既に通りに出ていた。
朝になろうとしていた。鈍色の空を背景に屋根が黒く輪郭を現し、歩道は見渡す限りほの白く伸び、まるで雪が降りしきった後のようであった。パリが、言わば起き出す前のあくびをしているところだった。パン屋の見習い職人たちが戸口のところで話をしていた。酒屋の小僧たちがシャツ姿になり、眠さで腫れぼったい目をして店の鎧戸をゆっくりと開けていた。ブールヴァールの遠くに雲のように見えるのは道路掃除人たちが箒で立てている埃だった。屑屋たちは、悩める亡霊のような姿であちらこちら彷徨っては、ごみの中から彼らの収穫物を選り出していた。また、牛乳屋の馬車が騒々しい音を立てて早駆けで通り過ぎて行き、早番の労働者たちが手に分厚いパンの一切れを持ち、直に齧りながら工事現場へと向かっていた。
暁とともに吹く北風は氷のように冷たかったが、シュパンは殆ど寒さを感じることもなく、車道を横切り、反対側にあるベンチに座りに行った。そこからならレストランの入り口を、見られることなしに見張っていられる。彼はたった今、骨の髄まで気を動転させられたばかりだったので、外界のことにはすっかり無感覚になっていた。
ド・コラルトと自称している男のあのきらびやかな外見の下の正体をシュパンは知っており、その男をこの世で一番憎んでいた。というより、彼が憎む唯一の人間だった。彼は執念深い性質の持ち主ではなかったので。
フォーブール出身の子供たちに共通する極端な感じやすさを持つ彼は、パリっ子特有の奇妙な気の変わりやすさも併せ持っていた。つまり、些細なことでカっとするかと思えば、同じくほんのちょっとしたことでケロリと機嫌を直すという按配で、長く恨みを持っていられない性質なのだ。だが、あの美男の子爵だけは別だった……。4.1