確かなことは、彼らがシュパンを酷く苛立たせていたことである。シュパンは彼らのあとをつけていたが、車道を挟んだ向こう側からであり、かなり距離をおいてであった。自分の姿を彼らに見せてしまったので、自分と見定められることを恐れていたからだ。
「性根の腐った弱虫どもめ」と彼は口の中で呟いた。「あいつら六人の身体をカラカラになるまで絞り上げても一ショピーヌ(昔の液量単位で、0.5リットル)の男の血にもなるまい! あいつらが酔っぱらってさえいたら!……いや、そいつは駄目だ!…ああ、俺がムカついてるってこと、あいつらに思い知らせてやりたい!」
しかし、さほど長く待つこともなかった。ドルーオ通りで二人が集団を離れ、更にもう二人がペルティエ通りに消えて行った。二人残されたウィルキーとコラルトはブールヴァールを歩いて行った。彼らは腕を組み、何か活発に話をしながらエルダー通りまで来るとついに力強い握手を交わした後別れた。
彼らは別れ際に何を言い、どんな約束を交わしたのだろう? それを知るためなら、シュパンは喜んで百スー自腹を切ったことだろう。彼はまた分身の術を教えてくれるものなら更に金を積んだであろう。ラ・マドレーヌの方角に向かったド・コラルト子爵の後をつけつつ、もう片方の男からも目を離さないことが可能になるならば。しかし今は魔術の時代ではない。シュパンはため息を吐き、ウィルキーの後をつけた。まもなく彼はエルダー通り四十八番地の家に入って行くのが見えた。門のところで真鍮の呼び鈴を磨くのに余念のない女管理人が、彼に挨拶をした。間違いはなかった。ウィルキーは確かにここに住んでいた。
「やれやれ!」とシュパンは呻り声を上げた。「ちゃんと馬車も停まっている。ここが奴の住処だってことは分かってたさ! ゆうべマダム・リア・ダルジュレがあそこの窓を眺めている様子から、そうだろうと思ってたんだ……可哀想な人だ、息子はろくでなしの青年貴族なんだからな!」
この同情の念がそのまま彼の身にも降り掛かってきた。
「人のこと言ってる場合かよ!」と彼は叫び、自分の頭にげんこつを喰らわした。「おいらの可哀想なおっ母ぁのこと忘れてた!」
任務はすべて終了し、これ以上探ることもなかったので、彼は全速力で駆け出し、フォーブール・サンドニへの最短の道を取った。
「おっ母さん、ごめんよ」と彼は両脚を懸命に動かしながら心の中で言っていた。「おっ母さんは随分辛い夜を過ごしたんだろうなぁ……とんでもない不良息子だ! もう身体中の涙も出し尽くしちまっただろうに」
それは本当だった。不幸な母親は不安で死にそうな一夜を過ごしたのだった。住人の帰宅を知らせる門を叩く音が聞こえる度に飛び上り、一時間一時間を指折り数えながら……。そして時計の針が進むに従って彼女の心臓は締め付けられて行き、心に浮かぶ情景は不吉なものになっていった。息子がこんな不安のさ中に彼女を追いやるとは、と彼女は考えていた、何か不測の事態があったに違いない。