「ああ、あいつが憎い。あの男が」と彼は食いしばった歯の隙間から激しい怒りを漏らした。
フォルチュナ氏には打ち明けたことがあるのだが、彼はかつて一度だけ卑劣で言語道断な行為に及んだことがあった。それはすんでのところで一人の人間の命を奪うところだったのだが、その計画がもし成功していればある若い男を益することになる筈であった。その若い男とは現在ド・コラルトという響きの良い名前の下に忌まわしい本性を隠している男だった。
そんなことがあったというのに、何故シュパンは最初に顔を見た瞬間に彼と分からなかったのだろうか? それはシュパンが何も知らずに、言わばこの偽の子爵の側の手先として働いていたからであった。彼の早熟で悪知恵の働く性質を利用しようとした悪党たちが彼を唆したのだ。シュパンは偽子爵を二、三回垣間見ただけで、言葉を交わしたことは一度もなかった。後になって、もう遅すぎるときになって初めて、彼は自分が陰謀に加担させられていたことを知ったのだった。そしてその後心から悔い改め、真人間になった今、彼は自分の犯した罪のためコラルトを忌み嫌っていたのだ。
しかもそれだけではない。あの個室でコラルトは恐ろしく、容赦ない姿で彼の前に立ちはだかった。それは自責の念を彼に呼び覚ました……。心の奥深くから脅しつける声が聞こえた。
『今度は何をしようっていうんだ? お前はまたある男のためにスパイをしている。その男を信用もしていないし、その本当の目的も知らされてはいないのに……。あのときだって同じように始まったのではなかったか……その結果どんなことになったか、忘れたのか? 血で手を汚すのは一度でたくさんではないか! 悪党の手先になっておきながら無実を主張するなんて愚の骨頂だ!』
この声がシュパンをして百フラン札に火をつけさせたのだった。そして同じ声が今ベンチに座るシュパンを苦しめていた。彼は自分の置かれている状況を見極めようとした。
つまるところ、自分はどういう立場にいるのか? シュパンは全くの幸運から、マダム・ダルジュレが世間から隠してきた問題の息子を見つけた。しかしこの息子は、予想に反して近々ある遺産が彼の手に入ることを知っていた……。
フォルチュナ氏がしようとしていることを、彼と同じくらい事情に通じているコラルト氏はもう既にしているのではないか。しかるが故に、この勝負は負けであり、意地を張って頑張るだけ無駄ということだ。それで一巻の終わりになる筈であった。もし彼がド・コラルトの口にするのも憚られるような過去を知らなかったならば。4.2