エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

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2022-04-04 08:38:29 | 地獄の生活

しかし実際は、彼がそのことを知っているという事実が、決定的に事を左右するであろう。自分の持っている秘密を武器に使えば、時宜を見て介入することにより、フォルチュナ氏に勝利をもたらし、ド・コラルト氏を降伏させることも出来るのだ。そうとも、もしコラルトが、彼が誰であるかに気づかなかったら---そのことには確信があった---、あるいはそもそも彼の存在自体を知らなかったら、もっと好都合だ。彼は、怒りに任せて行動してしまったことを後悔した。彼の敵に自分が彼の秘密を知っていることをばらしてしまったのだ。が、それは大したことではなかろう。

ということであれば、自分を縛るものは何もない。フォルチュナ氏に手を貸すことで、一石二鳥の効果が得られるというものだ。彼はコラルトに復讐を果たし、自分の雇い主であるフォルチュナ氏に利益をもたらすことになろう。その利益から彼も何がしかを得ることになるのだ。

いや、それは駄目だ! この件から何らかの利益を得ると考えただけで彼は言いようのない嫌悪感を覚えた。生まれつき損得勘定に敏い彼であったが、崇高な信義が勝利したのだ。コラルトが絡んでいるからには、何らかの裏切り行為か卑劣な企みが存在するであろうから、そんな金に触れれば自分の手が汚れる、と思ったのである。

「儲け度外視でボスの手助けをしよう」と彼は決心した。「復讐が成ったら、それが報酬だ」

このときシュパンにはそれ以上の計画は思いつかなかったのでそう決心したのである。自分の思い通りに事を運ぶ力があればもっと違うように行動したであろう。ウィルキー氏にはふさわしくないと思えるこの相続財産を単に取り上げてしまおうと考えることも出来た筈であった……。

「あいつがどんな風に金を使うか想像がつくってもんだ……」と彼は思っていた。「俺の親父が手にした金は全部あっという間に遣い果たしちまったように、あいつもそうするんだろうな……悪党に限って金が入ってくるんだから、たくもう!」

頭の中でいろいろ考えてはいても、シュパンは向かいのレストラン・ブレバンの入口を注意深く観察することには抜かりがなかった。ウィルキー氏を見逃さないようにすることが今の最重要案件だったので。

すっかり夜が明け、レストランからは客の姿が消えた。パリが目覚め、活動を始めると、彼ら愛すべき遊び人たちは歓楽の夜を過ごした後、自宅へ戻り、ベッドに入り眠るのである……。ぞろぞろと出てくる客たちの姿がシュパンの監視を困難にした。

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