エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

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2022-06-11 08:22:57 | 地獄の生活

XXI

 

マルグリット嬢は飛び上がった。憤慨で身体に生気が漲った。目はきらりと光り、唇を震わせ、うっとりするような身振りで頭を左右に振ると、見事な黒髪が肩の上に乱れ落ちた。彼女の内でいろんな感情---猜疑心、怒り、憎しみ、それに軽蔑---が高まり、張り裂けんばかりに胸が膨らんだ。

「ああ、マダム・ド・フォンデージがここに」彼女は皮肉の中に威嚇を込めて繰り返した。「いらしてますのね。あなたの奥様が!」

あの見え見えの甘ったるい言葉を並べた手紙を昨夜寄こした夫人、ひとりぼっちになった自分の悲しみに付け込む卑怯者の共犯者。そんな女を迎え入れなければならないと思うと彼女は嫌悪感で一杯になった。良心もなければ羞恥心もない、そんな女が、盗まれたと思っている大金を息子に与えようと卑屈な笑みを浮かべてすり寄ってくる、と考えただけで彼女は吐き気がした。

夫人を中に入れないようにするか、彼女自身がその場を逃げ出すか、のどちらかに訴えようとしたその瞬間、彼女は自分の決心を思い出し、思い留まった。激昂のあまり爆発寸前だった彼女を押しとどめた冷水の一滴であった。軽率な行動に出ればすべてを失うことになる、と彼女は気づいたのだ。それで英雄的な克己心をもって自らを制した。

 「マダム・ド・フォンデージは何とお優しいのでしょう」と彼女は小さな穏やかな声で言った。「どんなに感謝しても感謝しきれませんわ」

ド・フォンデージ夫人はそれを聞いたに違いない。彼女は入ってきた。彼女は背の低い、丸々と太った女性で、くすんだ色合いの金髪、それにそばかすが目立っていた。彼女の手は身体と同じように丸々としていたが足は大きく短かった。声は甲高く、身体全体から何か下品な感じが発散し、それが却って貴族らしく振舞おうとする作為を際立たせていた。彼女の父は木材商人だったのだが、彼女は自分が貴族の身分であることを自慢していた。同様に、贅沢な外見を見せびらかすことにかけては工夫の才と努力を惜しまなかった。財政状態は相当厳しく、家計は火の車だったにも拘わらず。彼女の身なりを見れば、絶え間のない洗練と節約の間の相克を物語っているのがよく分かる。金欠というあまりにも現実的な問題と、贅沢さを演出したいという欲求の板挟みである。彼女は黒いサテンのドレスを三段階に分けて着用していた。下着のスカートの上の部分は外からは見えないので、一メートル十三スーのラストリン生地で済ませ、レース飾りも見えるところにしかシャンティイ(シャンティイ地方特産のレースで花などの模様が編み込まれたもの)は使わなかった。しかし、いくら服飾品にうつつを抜かすと言っても、新品を売っている店で万引きするようなことはしなかったし、街で売春婦まがいの仕儀に及ぶこともなかった。今の時代、普通の家庭の主婦や母親がこのようなことをするのがあまりに普通のこととなり、聞いても誰も驚かなくなってはいるのだが。6.11

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