怒りのため、彼の口角には泡が溜まっていた。今の彼を見れば、いつもの温厚で人当たりの良い彼の姿を誰も信じられないであろう。
「だがしかし、侯爵とても無傷というわけではない。俺と同じだけ、いや俺よりも損失が大きいだろう。何が確実な商売だ!確実に大儲けが出来る投資だなどと抜かしおって! これが駄目なら、それではどんな投資をすればいいと言うんだ! 金はどこかに投資せねばならん。地下室に隠しておくわけにもいかんではないか……」
シュパンはいかにも気の毒だ、という顔をして聞いていたが、それはほんの表面だけに過ぎなかった。内心では、彼は大喜びしていた。この状況では、彼の利害は彼の雇い主のそれとはまったく逆だったからだ。もしフォルチュナ氏がシャルース伯爵の死によって四万フランを失うとすれば、シュパンの方は百フランを葬儀で稼げる。まるまる百フラン! 年利五フラン!彼が折りあるごとに出入りしている葬儀屋が彼に支払ってくれるのだ。
「せめて遺言でもあればなぁ」フォルチュナ氏は言葉を続けていた。「いや、しかし、そんなものは見つからんだろう。確信がある。予め用心をするのは、四スーしか持っていないような貧乏人だ。通りで辻馬車に轢かれるかもしれん、などと考えて、署名入りの遺言書を作る。ところが、百万長者はそんなことは考えない。自分は不死身だと思ってるんだ……」
彼ははたと言葉を止め、考えに沈んだ。ようやく考えることが出来るようになったのだ。彼の興奮は素早く消えた。その変化は急激だった。
「結局のところ」彼はゆっくりと落ち着いた声で言い始めた。「伯爵が遺言を書いていようが、いまいが、ヴァロルセイはド・シャルースの何百万かを諦めざるを得ん。もし遺言がなければ、マルグリット嬢は一文も貰えない。はい、さようなら、だ。もし遺言があれば、あの娘は突然自由で裕福な身となり、ヴァロルセイを追っ払うだろう。彼女が別の男を愛していたら猶更だ。ヴァロルセイはそう言っているわけだが……で、そうなりゃやっぱり、はいさようならだ」
フォルチュナ氏はハンカチを取り出し、鏡の前に立った。額の汗を拭い、乱れた髪を整えた。彼は大事件が起きても、茫然とはしても打ちのめされたりはしない男の一人だった。かっとなり、大騒ぎして喚き散らすが、最終的にはきっぱりと決断を下すことの出来る男だった。
「結論から言えば」彼は呟いた。「俺の四万フランは得失勘定に入れるしかないようだ。この同じ事業で何とか取り戻すことが出来るか、それはやってみないと分からない」
彼は冷静さを取り戻し、自分の能力が十全に機能しているのを感じていた。これほど頭脳が明晰だったことはなかった。彼はデスクの前に座り、両肘をつき、額を手で覆い、じっと動かなかった。思考に集中するあまり、肉体が消滅したかのようだった。しかし五分後に立ち上がったとき、彼の身振りは勝ち誇っていた。
「そうだった」と彼は呟いたが、あまりに低い声だったのでシュパンの耳には届かなかった。「俺としたことが迂闊だった!もしも遺言がないなら、何百万フランかの四分の一は俺のものじゃないか!ああ、自分の領分をちゃんと心得てれば、戦いに負けることなんてあり得ない」7.16
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