◎ジェイド・タブレット-02-04
◎郭巨が三歳の子を捨てに行く
儒教の説話二十四孝子から。
郭巨は、河内と云う地方の人。郭巨の家は貧しかったが、母を養っていた。妻との間に一子を得て、三歳になった。郭巨の老母がその孫を可愛がって、自分の食事を分けて与えていた。
ある時、郭巨は妻に「家が貧しいので、ただでさえ母の食事も不足がちであると思っていたのに、それをさらに分けて孫に与えているので、食べ物はきっと足りないだろう。
これは、間違いなく私の子供がいるせいだ。所詮、お前と夫婦であれば、また子供は授かるだろうけれど、母は二度有るわけではない。とにかくこの子供を殺して、母をちゃんと養いたいと思う」と郭巨は言った。
妻もさすがに悲しいことだと思ったけれど、夫の命令に逆らわず、その三歳の子供を引き連れて、埋め殺しに行った。
郭巨は、涙をこらえながら、少し掘ったところ、黄金の釜を掘出した。その釜に不思議な文字が彫ってある。
その文字は、天賜孝子郭巨 不得奪民不得取と書いてある。その意味は、
天道より郭巨に給わったものなので、余人は取るべからず。またその釜を手に入れて喜んで、子供をも埋めず、ともに帰って、母にますます孝行を尽したそうだ。
母の食べる量を増やすために、子供を殺そうとする話である。またこの話が、時の政府の認める飢餓時のおすすめ行為パターンとして、中国の飢饉の時は、子供を殺すことが広く行われてきた可能性もある。
ここでは、黄金の釜を掘りあててハッピーエンドにしてあるが、黄金の釜が出ない場合がほとんどなので、そこでどのようにするかの方が問題であり現実的である。
まず子供を殺すという選択肢はないので、一般的には、これまでどおり、老親が孫に食べ物を分け与える善意に感謝することしかできないと見るのだろう。
イエス・キリストの他に禅者も、「明日のことは、明日が思いわずらう」として、明日の食べ物は神が心配してくれるというのが、神を知るものにとっては当たり前の感覚である。そこで自分が飢え死にしようがしまいが、それは自分にとってどうでもよいことである、というあり方である。しかしこれは、一人ぼっちで修行する立場ではそう言えるのであるが、一家を食わせる家長の立場にあっては、そう単純ではない。
それでも見る目のある求道者は、黄金の釜があることを確信している。