◎梁戴は宿に大量の黄金を置いて屍解する錬金術師
ところが梁戴の兄の顔は、その時州の太守となって居たが、ある日突然弟の梁戴が訪ねて来たので、顔は大いに喜び、早速酒を出して共に快く飲んであった。その時顔は弟が身にボロを着て居るのを見て不憫に思い、新しい衣を出して彼に着せてやると、彼は稍や不機嫌らしい顔をして、平生山林に生活して居る我々風情の者は、唯だ精神の修養を重んじて形骸のことなどはもとより念頭に置いて居ない。美しい衣、美しい邸宅等は我々から見れば、あたかも糞土にも劣った物であると言って兄が親切に留めるのを振り払って、そこを辞し、その夜はとある旅舎に泊った。
然るにその夜半になって蔵の座敷で夥しく金銭の響がするので、宿の主人は不審に思い、彼をばてっきり盗賊の類と思い込み、ひそかにその座敷を覗いて見ると別に何のこともなく戴は酒に酔って快くそこに寝て居た。
然し主人が此方へ帰って来ると、再び梁戴の居間で、前の如く金銭の響きがするので、再び行ってその居間を覗いて見ると、矢張り何の変事もない。
そこで主人は益々不審を抱き、翌朝梁戴が起き出て立去るや否や、急いで件の座敷へ駆け込んで見ると、驚いた。
壁の側に黄金が夥(おびただ)しく積み重ねてあって、その上に兄の太守に宛てた手紙が一通添えてあった。
そしてその手紙の中には、自分は野に育った人間で、松風蘿月は即ち自分の無二の伴侶で、天にある青空は即ち自分のための屋蓋、大地は即ち自分の寝床である。気が向けば何十年とそこに留るけれど、一度嫌になってしまえば十年の住家も弊履の如く捨て、復た他の気に入った場所を探し求める。かくの如く自分は今日は東、明日は西と流れ歩く浮草の身で、もとより一定の住家もなければ、自分のことは今日限り長く思い切って、唯だ国家のために長く自愛せられんことを望む。かくてまたここに積んである金は、夫々貧民に施して貰いたい。それから又自分のこれまで愛用していた弊衣をここに脱ぎ捨ててあるから、これを自分の形見として永く取っておいてくれるように書き認めてあった。
そこで彼が脱ぎ捨てた衣を観るに、散々に裂け破れて居るけれど、一種言うに言われぬ佳い香気がして、如何にも世間普通の物とは異なって居た。そしてその後彼の室をよくよく検べて見ると、屋根の瓦が二三枚剥き取られて居て、どうやら彼はそこから天上へ飛昇したらしい形跡があったということだ。
梁戴は、兄から新品の衣をもらったことをきっかけに、行雲流水の生涯を終え、大量の黄金を置いて屍解した。梁戴の以前の放蕩は、この世的な欲望に別れを告げるためのものだったのだろう。
これは、一休宗純の親友一路居士が、托鉢の食事入れに馬の沓(くつ)が入れてあったのを見て亡くなった事績に似る。