ゆずりは ~子想~

幼い葉が成長するのを待って、古い葉が譲って落ちることから名付けられた「ゆずり葉の樹」。語りつがれる想いとは・・・

今日のとなりんち

2008年02月15日 | 子育て広場「となりんち」
★2月15日のとなりんち★

さ、寒い日でした。
か、風が肌を突き刺し、顔の痛い朝でした。

それなのに、今日もたくさん来てくださって、ありがとうございました!

先週、八戸短期大学保育学科の学生さん“あやこおねえさん”が、ボランティアで参加してくださっています!
読み聞かせをして下さったり、手遊びをして下さったり、子どもたちと遊んでくれました!本当にありがとうぉぉぉ!
来週からは実習が入るため、しばらく来られませんが、3月第2週からはまた来てくださるそうです!うれしい!!こんな子が、自分の子どもだったら、本当にうれしいなぁ。

ヘンプアクセサリー部会も、順調に楽しむ姿が。
今度は、ボランティアで来ている方も一緒に、楽しみながらすごしましょうね!

そして、「となりんち」には、「こだまの園」というパン屋さんが来てくださり、お昼ご飯を購入させていただいています。
障害を持っている方々が、一生懸命に作ってくれたパンは、これがまたとっても柔らかくて美味しいんです。
週末用に食パンをいつも購入している私です♪

最近は、「となりんち」の設立当初にお手伝いしてくれていたスタッフの紹介から、「小岩井牛乳」さんがおいしい飲み物やデザートを持ってきてくださるようになりました!
子どももママも、楽しみが増えて、ますますうれしいかぎりです。

今後も、いろんな方とつながって、たくさんの方々に見守っていただく「となりんち」になっていきたいです。

★おしらせ★
となりんちでは、そんな読み聞かせやリトミックや、手遊びをしてくださるボランティアの方を募集しています。
いつでも来て、いつでも楽しませて、そして一緒に楽しみましょう♪

年齢制限なんて、ありません!どなたでも、お待ちしています。

野沢スキー場~階上岳~

2008年02月12日 | 子ども
階上岳のふもとにあるという、「野沢スキー場」へ行ってきました!
地元の人たちが自ら出資したという手作りのスキー場です。

大人一人500円の利用料だけで、手作りのロープリフトを使ってスキーやスノーボードで遊べます。

会員になると、スキーシーズン期間中は一回一回の利用料はなくて済みます。
会員は、入会金千円、一家族三千円(!!)でなれるのです。
なんて良心的なんでしょう。

私たちは、そり持参で、そり滑りを堪能。
そり滑りが疲れたら、持って行った砂場セットで雪遊びに興じました。
そして作った雪像は、塔のあるお城でした。
まるで洞爺湖の山の上にある、サミット開催地「ウインザーホテル」みたいに見えました。

半日遊んで帰りましたよん♪

地域格差

2008年02月07日 | 愛ある辛口
昨日の新聞だった。
内閣府が5日に発表した2005年度の県民経済計算による、一人当たりの県民所得で見た都道府県別順位。

青森県は、みごと47県中45位。
そうです、所得が低い。
トップは東京都で477.8万円。全国平均は304.3万円。
青森県はというと、平均値から約85万円の差で218.4万円だった。
東京都と比べると、なんと約260万円の差!!
考えさせられる数字でした。

2年前住んでいた山口県が、全国で11位。300.1万円。
堂々11位であるのにもかかわらず、全国平均よりも少ないなんて。

地域格差は進んでいる。
青森県に住んで、山口時代とは出会わなかったような家庭環境の方々にもお会いする機会が増えた。
日々の生活ができるかできないか、子どもの将来のことまで頭が回らない、夫婦で働かないとほんとにやっていけない・・・。
我が家のことが危ういのに、他人の子どものことや、社会のことなんかに目が向けられない、そんな余裕がない・・・。


先日起きた18歳の少年の事件の背景が、厳しい経済状況と生活環境を見れば、この少年の家だけが特別ではないような気がしてくる。
ということは、今もなお、心を痛め、傷ついている少年がたくさん存在しているということなのだろう。

人を助ける余裕がない社会環境にいる人がいるならば、人を助けられる心の余裕ある人たちが奮起するしかないよね。

日本中が病んでいる、と思うけれど、病いに苦しむ者(国)を横目に、「関係ないから」と自分だけの人生を歩くことは、私にはできないな。
「何かできることがあれば、しますよ」って、言っちゃうよな。やっぱり。


生きているだけでいい!臨死体験記

2008年02月05日 | 臨死体験
私は夢の中にいた。

それは、何週間か前にも夢の中で見たことのある光景だった。
壁全体がガラスに覆われた明るい屋内は、日光がさんさんと降り注ぎ温かかった。
コンビニのような、キオスクのようなショップがあり、床はレンガ色のタイルか木材でできていた。大きな広場には丸くて太い柱が数本建っている。

できたばかりの新名所というところだろうか?
でも、いったいそこがどこなのかは分からない。

私は、8歳の長女サーヤと3歳の次女エリー、そしてたぶん夫と、ここに遊びに来ていた。ひとしきり楽しんだ後、トイレに行こうと女三人でトイレの方へ歩いていく。
サーヤは興奮した様子で、広場を行ったりきたりしながら歩く。私のほうを「楽しいねぇぇ!」という顔をしながら振り向く。
エリーは、床のタイルのようなところを一段飛ばしか、何かの法則を決めて下を向いて楽しそうに歩いてくる。
楽しい、いつもの光景だ。
いつもの週末だった。

トイレは、広場からつながる広い廊下の横にあった。その廊下は、行き止まりではなく、ガラス張りの扉を出ると、外か隣接する施設へと続いているように見えた。
私たちは左側のショップを横目で見ながら、トイレの看板を見上げ、廊下の方へと目指した。
ふと、トイレの前の廊下に立っている、黒いスプリングコートの男性が目に入った。
背はさほど高くなく、眼鏡をかけた瞳で周りを見ている。棒立ちで、だ。
私は、なんだか不気味な男を、トイレの入り口に入る手前でチラッと見た。
目が、合った。
目が合った瞬間、私の背中にはぞぞぞぞっと寒気がした。嫌な感じがしたのだ。

サーヤとエリーのトイレが終わり、二人が手を洗っているのを見て、私はトイレから廊下へすっと出た。
男はまだ、立っていた。じっと、そのまま突っ立っていた。
私が広場の方へ戻りながら、後ろから娘たちが出てくるのを確認した。男は、私を見ていた。じーっと。そして、右のポケットを探っているのが見えた。
なんだか胸騒ぎがして、後ろを振り向きながら、その男の動きを確認しながら、どきどきどきどき、男の次に取る行動がどんななのかを予想するにも、頭の中は真っ白で、悪い予感しかよぎらない自分がいた。


そんな夢を見て、起きた。
私、変な夢を見たなと思った。少し疲れた。


今日だった。その夢をもう一度見たのは。
あの男は、また突っ立っていた。トイレの前で、広場のほうを見て立っていた。そしてまた、トイレに向かう私を見ていた。いやな感じは以前と同じだった。

私はトイレを娘たちより先に出た。そして、前と同じに、後ろの男の視線と行動を確認しながら広場へ歩いていった。
ポケットを探る右手、何か黒いものを持った男は、もう一度後ろを確認しようとする私の頭の後ろを、

たぶん打った。

拳銃に打たれたと思った私は一瞬、子どもたちが無事であることを祈った。そして、すぐに痛みも感じずに、私の記憶は消失した。



場面が変わり、たぶん打たれてから数日経っている。
私の姿はない。
娘たちは、どこかの屋内で走りながら遊んでいる。私は、姿は見えないのだけれど、娘たちと一緒に走ったり、手をつなごうとしたりして、一緒に笑ってそばにいた。ずっとずっと、彼女たちのそばにいた。愛しているという気持ちは、体があったときも、なくなってしまった今も、変わらなかった。
「あなたたちと、これからもずっと一緒にいて、そばにいて、遊んであげたい。」と思っていた。

すると急に、私の体が、頭の先のほうから何かに引っ張られていく。
一気に建物の3階くらいまで昇ってしまった。娘たちの姿が遠のいてしまうのを見て、はっとした!
今、逝けない!待って!!最後のお別れのあいさつ、してない!!!!

私は、力を出して下へ戻った。建物の中へ入ろうとするが、なかなか行けない。そこへ、ガラスの扉を開けて外へ出ようとするサーヤが見えた。
私は彼女の頭上で、
「サーヤ!サーヤ!!  サーーヤーー!!!」と叫ぶ。
どんなに声が割れるばかりに叫んでも、娘に私の声は聴こえない。
私は、サーヤに抱きつくようにして、建物の中に押し込んだ。
サーヤは、
「何なに?この風は・・・」と、心地よい風を感じて後ずさってくれた。
このとき私は、サーヤに思いっきり抱きついていたのだ。抱きついて、思いっきり後ろへ押していたのだ。
もう、お別れの時が来てしまったから。なんの前触れもなく、行かなければならないみたいだ。そんな雰囲気が感じられるほど強い引力だった。
私の足は宙に浮いていた。さっきまで、一緒に遊んでいた時は、地に足がついていたのに、今はついていなかった。

「サーヤ、サーヤ、ママ、もう行かなくちゃいけない。
ママね、風になってずっ一緒にいるからね!ずっとずっと一緒だからね!!」
と言いながら、抱きついていた。
サーヤは、なんだろう?という顔で後ずさりしながら、だけど次第に感じているみたいに見えた。サーヤの顔がだんだん優しくなっていくのが分かった。私はそれを見て、安心した。ママの空気を、感じてくれている!

「サーヤ!エリーは?エリーを呼んで来て!早く!早く!エリーを!」
と叫びながら、でももう時間がないように、私の足は感じていた。
あああ、もう間に合わない・・・。エリーには、会わずにさよならしなくちゃいけない。。。

「サーヤ、エリー、ほんとに愛してるよ!ほんっとに愛してるよぉー!!」

私は、その言葉を残して、引力に引かれて上へ昇っていった。。。。
あああ、私の愛しい子どもたち、こんな形であなたたちとお別れすることになるなんて。寂しい。悲しい。悔しい。また、会いたい!
あなたたちを抱っこしたい!
触れたい!
愛したい!!!

でも、上へ引っ張られる力は、とてもとても気持ちがよかった。
だから私は、娘たちと永遠にお別れすることができたのだろう。。。



上へ引っ張れる感覚、足が宙に浮く感じ、まるで本当にそうなったかのような、不思議な夢だった。
まさに夜中に、実体験したような感じだった。
だから、今も不思議な感じなのだ。今日は誰とも会いたくなかった。
私は、一回死んだんだ、と思った。

子どもを遺して死んでいく人の気持ちが、ずきずきと痛みながら感じる。
だけど、離れたくない!という思いと、離れても、子どもたちの幸せを応援する!という思いとがあることも感じた。
そして、遺された人には、「どうか悲しみすぎないで。。。」と思っているということも。母がいなくなったからって、ミジメに暗くすごさずに、これをばねにして明るく前向きに生きていってほしい!と思った。そう生きてくれることが、何よりの供養だと、死んだ私は思った。

私は幸せだ。
夢の中で一回死んだことで、愛してやまない子どもを、こうやって触れることができることだけでも、なんて幸せなことなんだ!と、実感することができたから。
さまざまな悩みや、こうなったらいいのに、こうしてくれたらいいのに、なんて贅沢な要求は、なんの効力も発揮しない。

死んでしまったら、触れることも、捕まえることも、一緒にお茶を飲むこともできないじゃない。
こうやって、触って、感じて、笑って、泣いて、怒ってができる、この日常が、どんなに素晴らしくて、輝いていることか、あなたに分かりますか?
贅沢な悩み、持つのはやめよう。
生きている、それだけいいんだよ。
あなたが生きている、私が生きている、手を触れて感じている、感じているのがわかる、それが最高の人生なんだ!

私の頭の中は、おかしいと思う。
なんでこんな臨死体験をしたんだろう?と思う。

でもそれは、今生きながら、悩み苦しみ、絡まっている人たちへメッセージを伝えなければならないという、何かしらのお告げ?なのかもしれない。
なんか、宗教めいてきたから、嫌だけど、気持ち悪いけど、現実、死んだような経験をしてしまったら、私みたいになってしまうのかもしれないね。




指編みマフラー

2008年02月02日 | 子ども
地区の公民館では、毎月一回「子ども教室」なる小学生のための料理教室と遊びの広場を提供している。

今日は午前中、長女サーヤは料理教室へ。そ、料理大好き・食べるの大好きな女の子なのだ。
教えてくださるのは、八栄会というおばちゃまたちの団体。いつも、おいしいお料理を考えてくださって、郷土料理ありデザートあり、いつもとっても美味しそうなものばかり!

午後は、小学校のママたちで結成されているボランティアサークルさんが、絵本の読み聞かせや工作を教えてくれる。今日は指編みのマフラー作り。
一度も指編みをしたことのない私も、次女エリーを連れて行ってきました♪
いやぁ、子どもたちに教える余裕なく、黙々と作ってしまいましたが、これはなんとも簡単な!!
作業の単調さのおかげで、会話ができるものなんですね。なんか、いい感じ。


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