昨日、洗足「夢の街工房」から戻る時、
ふとお家の脇に目を向けましたら、
マルメロ(カリン)の花が咲いていました。
春ですね。
先々週の土曜日から開幕した恵比寿エコー劇場での
ズガチラプロデュース公演「解決します!」は
4日、日曜日に無事に千秋楽を迎えることが出来ました。
劇場に足をお運びくださった皆々様、
本当にありがとうございました。
またメールなどでお心を向けてくださった皆様、
ブログなどを読んで応援してくださった皆様も
本当にありがとうございました。
また坂元健児さんをはじめ、安福さん、吉岡さん、米澤さん、
そして舞台監督さん始め、音響さん、照明さんに美術さんたち、
制作スタッフチームのお二人に心よりの賛辞と
一方ならぬ温情に深く御礼を申し上げます。
ありがとうございました。
公演打ち上げの席で、皆さんがとにかく口にしていたのは
「この環境のいいカンパニーが終わっちゃうのがとても寂しい」
と言うことでした。
舞台といっても一口にはいえないくらい様々な形があって
そして、様々な人々が織り成す形が存在します。
特に舞台は生ものですから、映像と違って、
二度とやり直しがきかないという厳しさが常にあり
とにかく細かいことにも、些細な事にも敏感になります。
ぴりぴりすることが多いので本当に大変です。
中にはそれでとても難しいカンパニーも多いのです。
ところが、この坂元健児さんのズガチラカンパニーは
坂元健児さんとそれを支えておられるスタッフさんのお人柄もあり、
とっても、とっても、とっても、とっても、環境がいいんです。
つまりとっても居心地の良い「ココロ安らぐ」カンパニーなんですね。
まあ、その片鱗は舞台をご覧くださった方は
きっとその作風から感じ取っていただけると思います(^^)
こういう稀有なカンパニーに参加させていただけることは
本当に人生の糧、心の糧になっています。
季節的に大事な人を突然に失った経験がある私は、
いまだ感傷的になりがちで、お正月から初秋の頃までは
特に気分が滅入りがちなのです。
でも今年はおかげ様で優しい人々に囲まれて、
一番辛い時期を明るく過ごすことが出来ました。
本当に感謝感謝です。
今回のお芝居は妻を他の男に取られたダメな男性が
ある相談室にやってきて相談をする事になったのだが
実はその妻の不倫相手がそこの社長でてんやわんや…と言うお話でした。
もちろん、そこにはハートフルな人間模様が描かれているわけです。
私は今回、このお芝居を見ていて、
再度「友達」や「人間関係」ってものを深く思いました。
本当の友達って?人間関係って?と考えているときに
この芝居に出会ったといってもいいですね。
そして、つくづく、私は人に恵まれているのだなぁと思ったわけです。
なんというか、自分は何か大きな力に守られていることを感じたし、
自分の中の大事なものの確かさを再確認させてもらえました。
結果、自分が信じているものへの信頼がすごく強まった気がしています。
お芝居の中に出てくるそれぞれの役たちに特に共感した部分は、
人間としての大事な部分を「偽らない」ところです。
人生の中で「嘘」をつかない人は多分本当に少ないでしょう。
だって時に嘘だってつかなくちゃ人間やっていかれませんもんね。
でも、世の中には「嘘」にならない嘘
(ついても害のない嘘やつかなくてはならない嘘)と
人の為と言いながら裏のある「偽り」
(人をだます悪意に満ちたもの)があると思います。
人間は自分の環境や状況で「それは仕方ないのだ」と判断してみたり、
誰かと話題や気持ちを共有することで「これは意見であって陰口じゃない」
と言ったように自分を納得させたりしがちなんじゃないかなって思います。
そして、それを続けていると、どんどん自分を正当化して、
偽りが見えなくなって、人を傷つけていることなんて
気すらつかなくなってしまう…恐ろしいことだと思います。
でも、お芝居に出てきた人たちは、どんなにダメな人たちであろうとも
しっかりと自分の意見を持って、そして自分に向き合っていました。
「うーん、なるほどなあ」と思いつつ、
なんでこの芝居に出会ったかを考えてみました。
すると、さっきも言ったように、私は本当に恵まれてるんだなぁ、
守られてるんだなぁって事に気がついたんです。
実は昨日から今日にかけても、自分の人間関係について
考えて見なくてはいけないなと思った出来事があったのですが、
その事もまた、その答えのような気がしました。
人は「えー、そんなの嘘でしょー」と言う人もいますが、
私はソウルメイトがなくなるまでお付き合いしていた、
数少ないけれども「友人」と呼ぶ人の中には
「裏表のある人」や「偽る人」はいませんでした。
(まあ、それだけ守られていたし、外界と接触もなく、
接触のあった人が素晴らしかった、というだけかもしれないけど…^^;)
もちろんプライベートなどはしっかりありますよ。
プライベートには突っ込まないのがルールですからね。
と、言うよりも、それぞれの「違い」を認められる、
「裏表のない、嘘をつかない人たち」が友達だったのです。
そう言う人たちですから、プライベートでも
陰口言ったりはしないと分かるのです。
だから私の人生の中では「陰口」なんて無縁でした。
言われたこともなければ、言ったこともなかったし、
多分、今もそういう友人たちは思いつきもしないでしょう。
だからそう言う友人たちには絶対的な信頼があります。
実際はそう言う人はいませんでしたって言うのは正確には違うんですが、
そう言う人が仲間内に入ってくると自然と何かが起こっては
その方とのご縁はなくなっていくんです。
まるで何かに導かれてそうなっていくようになくなるんです。
昔は単純に人とのご縁を大事にしていたので、
ご縁あった人と何かが起きるのは寂しいことでした。
それに、縁のなくなっていくお相手の方は大体こちらに対して
良い感情を持ってないので、他の人にあれこれ言ったりします。
だから、言われて落ち込んだりすることもありました。
けど、最近になって気がついたんです。
なんというか、本当に信頼を結べる人しか残っていかない、
いや、残っていけないんだな、って。
なくなったソウルメイトもいま一緒にいる大事な人たちも
「決して嘘をつかない人」です。そして「約束を破らない人」です。
こういう人は信じることから始めるからだまされることも多いです。
自分が疑わないので人も疑わないから利用されたり、
「ばかじゃないの?」と陰で悪口言われたり、笑われたりもします。
けれど、ココまで生きてきて思うことは、
そう言う人をだましたり、偽ったりを当たり前にする人は
「嘘をつかない人とはずっと居られない」って事です。
たぶん嘘や偽りと言う、暖かなお布団がないので
結局は居心地が悪くなってしまうのでしょうね。
私も出会いを避けないので、いろんな人といろんなことがあるけれど
気がつけば、そう言う陰口悪口ばっかり言う人や、
人のことばっかりあれこれ言っている人はいつしか居なくなって、
近くには大事な人だけが残っているのです。
そして、大事な信頼している人って、近くに居なくてもいいんですよね。
信頼で結ばれているから、なんにも心配しなくてもいいんです。
どこに居ても、いつもそこにいるんです。
気がつけば私の大事な友達はずっと変わりません。
大事なご縁が何年も何十年も続いている人ばかりです。
それどころか、ありがたいことに大事な友人が緩やかですが増えているんです。
そのことが私は何よりも祝福だと思っています。
そう言う友達からは「陰口」と言う美しくない言葉をきいたことがありません。
嘘偽りのない信頼できる人たちに囲まれていることは幸せです。
であった人が残念ながら意を同せずに、
目の前から居なくなる寂しさも納得できるようになりました。
そこに気づかせてもらえて嬉しかったです。
「ともだち」「愛」と言う言葉の陰で偽ることほど心寂しいことはない気がします。
だから私は人とは誠意を持ってお付き合いしたいなと思います。
嘘はつきたくないし、結局はだまされていたとしても、
やっぱり向かい合うときは信頼して話をしたいと思います。
表裏のない人でありたいと思います。
けれど、残念ながらこの世で真の友情を結べない人も大事な人だと思っています。
決してどうでもいいと思っているわけではありません。
なぜなら、そう言う人は自分が気持ち異世界の向こうの
何が大事かを教えてくれる、とてもご縁の深い人だと思うからです。
だから、そう言うご縁になった人にも常に感謝したいと思います。
こういうとなんか偉そうですし、上から物言ってるみたいに聞こえるかもしれません。
でもそうじゃなくて、ただ純粋にそう思うんですよ。
あるお芝居でシスターの役の人がこう言いました。
「人の心にある争いや憎しみは無益なものです。
けれど、人の心の憎しみから愛を生み出すことも出来る。
それこそが神の奇跡です。愛の力です。」
私はこの言葉を忘れることが出来ません。
そう言う意味で人はすごいのだな、と思います。
また観音様は身近に居る老若男女の姿を借りて、善も悪も教えてくれるとか。
善い気持ちを生み出せない関係は辛いものですが、
そこに愛も見出せると思いたいし、努力したいです。
「解決します!」
なんだか、シミジミとそう思わせてくれる舞台でした。
おかげでなんか自分の中が解決しちゃいました(笑)
公演中、ちょうど桜の時期でした。
そして日曜はイースター(復活祭)でした。
桜のように潔く、常に再生の力を信じられる人生を歩みたいです。
とにもかくにも、私って人間は恵まれているんですよねー。
人から見たら波乱万丈、不幸満載なのかもしれないですけどね。
でも、絶対にステージがあがって言ってるんです。
というか願いどおりになってゆく。
劇場が欲しい!と思ったら、次々と劇場付きの仕事場に恵まれたり、
散々、先輩方から「お前はつくづく商業(商売)は向かないねぇ」
といわれていましたが、ほらね?ズガチラを始め、
そう言うのがいいのよ!って人情のあるところに縁があるんです・
弟分のTAP DO!主催のポケちゃんが昔からずっと言ってくれるんですが
「あんじゅさんは会うたびに夢をかなえている。
人より苦労はするけれど、必ず幸せの一番近くに居る。
傍に居ると風が吹く。そんな風に自分もなりたい。」って。
昔はえ~?そーかぁ?と思っていましたが、
最近は「アタシって運がいいよなぁ~。」と幸せな勘違いが出来てます(笑)
この春、とても親しいご家族が出来ました。
何かにつけお父さんとお母さんのように優しくしてくださり、
ありがたいなあと思っています。
先日、お会いしたときは手を取って涙を流してくれました。
また深いご縁を頂いてありがたいものだと思います。
大事にしていきたいと思います。
また親友のRIKI君が6年の歳月をかけての模索の末
鍼灸の学校に入って3年、はれて国家試験に一発合格!
鍼灸師になりました!
更にまっすぐに新しい道を歩んでいます。
嬉しいことでした。
心から心から新しい門出をお祝いします。
おめでとう!
それから、この数日、親しい方のご家族が相次いで亡くなられました。
天に帰られた方々にお祈りささげますと共に、
傍に居る方々のお心の平安を心からお祈りしたいと思います。
春は別れと出会いの季節といいます。
出会いは別れの、
別れは出会いの、
「始まり」
けれど、それは永遠の輪になって繋がっています。
私は、そう思います。
また追記します(笑)
今日はココまで。
ふとお家の脇に目を向けましたら、
マルメロ(カリン)の花が咲いていました。
春ですね。
先々週の土曜日から開幕した恵比寿エコー劇場での
ズガチラプロデュース公演「解決します!」は
4日、日曜日に無事に千秋楽を迎えることが出来ました。
劇場に足をお運びくださった皆々様、
本当にありがとうございました。
またメールなどでお心を向けてくださった皆様、
ブログなどを読んで応援してくださった皆様も
本当にありがとうございました。
また坂元健児さんをはじめ、安福さん、吉岡さん、米澤さん、
そして舞台監督さん始め、音響さん、照明さんに美術さんたち、
制作スタッフチームのお二人に心よりの賛辞と
一方ならぬ温情に深く御礼を申し上げます。
ありがとうございました。
公演打ち上げの席で、皆さんがとにかく口にしていたのは
「この環境のいいカンパニーが終わっちゃうのがとても寂しい」
と言うことでした。
舞台といっても一口にはいえないくらい様々な形があって
そして、様々な人々が織り成す形が存在します。
特に舞台は生ものですから、映像と違って、
二度とやり直しがきかないという厳しさが常にあり
とにかく細かいことにも、些細な事にも敏感になります。
ぴりぴりすることが多いので本当に大変です。
中にはそれでとても難しいカンパニーも多いのです。
ところが、この坂元健児さんのズガチラカンパニーは
坂元健児さんとそれを支えておられるスタッフさんのお人柄もあり、
とっても、とっても、とっても、とっても、環境がいいんです。
つまりとっても居心地の良い「ココロ安らぐ」カンパニーなんですね。
まあ、その片鱗は舞台をご覧くださった方は
きっとその作風から感じ取っていただけると思います(^^)
こういう稀有なカンパニーに参加させていただけることは
本当に人生の糧、心の糧になっています。
季節的に大事な人を突然に失った経験がある私は、
いまだ感傷的になりがちで、お正月から初秋の頃までは
特に気分が滅入りがちなのです。
でも今年はおかげ様で優しい人々に囲まれて、
一番辛い時期を明るく過ごすことが出来ました。
本当に感謝感謝です。
今回のお芝居は妻を他の男に取られたダメな男性が
ある相談室にやってきて相談をする事になったのだが
実はその妻の不倫相手がそこの社長でてんやわんや…と言うお話でした。
もちろん、そこにはハートフルな人間模様が描かれているわけです。
私は今回、このお芝居を見ていて、
再度「友達」や「人間関係」ってものを深く思いました。
本当の友達って?人間関係って?と考えているときに
この芝居に出会ったといってもいいですね。
そして、つくづく、私は人に恵まれているのだなぁと思ったわけです。
なんというか、自分は何か大きな力に守られていることを感じたし、
自分の中の大事なものの確かさを再確認させてもらえました。
結果、自分が信じているものへの信頼がすごく強まった気がしています。
お芝居の中に出てくるそれぞれの役たちに特に共感した部分は、
人間としての大事な部分を「偽らない」ところです。
人生の中で「嘘」をつかない人は多分本当に少ないでしょう。
だって時に嘘だってつかなくちゃ人間やっていかれませんもんね。
でも、世の中には「嘘」にならない嘘
(ついても害のない嘘やつかなくてはならない嘘)と
人の為と言いながら裏のある「偽り」
(人をだます悪意に満ちたもの)があると思います。
人間は自分の環境や状況で「それは仕方ないのだ」と判断してみたり、
誰かと話題や気持ちを共有することで「これは意見であって陰口じゃない」
と言ったように自分を納得させたりしがちなんじゃないかなって思います。
そして、それを続けていると、どんどん自分を正当化して、
偽りが見えなくなって、人を傷つけていることなんて
気すらつかなくなってしまう…恐ろしいことだと思います。
でも、お芝居に出てきた人たちは、どんなにダメな人たちであろうとも
しっかりと自分の意見を持って、そして自分に向き合っていました。
「うーん、なるほどなあ」と思いつつ、
なんでこの芝居に出会ったかを考えてみました。
すると、さっきも言ったように、私は本当に恵まれてるんだなぁ、
守られてるんだなぁって事に気がついたんです。
実は昨日から今日にかけても、自分の人間関係について
考えて見なくてはいけないなと思った出来事があったのですが、
その事もまた、その答えのような気がしました。
人は「えー、そんなの嘘でしょー」と言う人もいますが、
私はソウルメイトがなくなるまでお付き合いしていた、
数少ないけれども「友人」と呼ぶ人の中には
「裏表のある人」や「偽る人」はいませんでした。
(まあ、それだけ守られていたし、外界と接触もなく、
接触のあった人が素晴らしかった、というだけかもしれないけど…^^;)
もちろんプライベートなどはしっかりありますよ。
プライベートには突っ込まないのがルールですからね。
と、言うよりも、それぞれの「違い」を認められる、
「裏表のない、嘘をつかない人たち」が友達だったのです。
そう言う人たちですから、プライベートでも
陰口言ったりはしないと分かるのです。
だから私の人生の中では「陰口」なんて無縁でした。
言われたこともなければ、言ったこともなかったし、
多分、今もそういう友人たちは思いつきもしないでしょう。
だからそう言う友人たちには絶対的な信頼があります。
実際はそう言う人はいませんでしたって言うのは正確には違うんですが、
そう言う人が仲間内に入ってくると自然と何かが起こっては
その方とのご縁はなくなっていくんです。
まるで何かに導かれてそうなっていくようになくなるんです。
昔は単純に人とのご縁を大事にしていたので、
ご縁あった人と何かが起きるのは寂しいことでした。
それに、縁のなくなっていくお相手の方は大体こちらに対して
良い感情を持ってないので、他の人にあれこれ言ったりします。
だから、言われて落ち込んだりすることもありました。
けど、最近になって気がついたんです。
なんというか、本当に信頼を結べる人しか残っていかない、
いや、残っていけないんだな、って。
なくなったソウルメイトもいま一緒にいる大事な人たちも
「決して嘘をつかない人」です。そして「約束を破らない人」です。
こういう人は信じることから始めるからだまされることも多いです。
自分が疑わないので人も疑わないから利用されたり、
「ばかじゃないの?」と陰で悪口言われたり、笑われたりもします。
けれど、ココまで生きてきて思うことは、
そう言う人をだましたり、偽ったりを当たり前にする人は
「嘘をつかない人とはずっと居られない」って事です。
たぶん嘘や偽りと言う、暖かなお布団がないので
結局は居心地が悪くなってしまうのでしょうね。
私も出会いを避けないので、いろんな人といろんなことがあるけれど
気がつけば、そう言う陰口悪口ばっかり言う人や、
人のことばっかりあれこれ言っている人はいつしか居なくなって、
近くには大事な人だけが残っているのです。
そして、大事な信頼している人って、近くに居なくてもいいんですよね。
信頼で結ばれているから、なんにも心配しなくてもいいんです。
どこに居ても、いつもそこにいるんです。
気がつけば私の大事な友達はずっと変わりません。
大事なご縁が何年も何十年も続いている人ばかりです。
それどころか、ありがたいことに大事な友人が緩やかですが増えているんです。
そのことが私は何よりも祝福だと思っています。
そう言う友達からは「陰口」と言う美しくない言葉をきいたことがありません。
嘘偽りのない信頼できる人たちに囲まれていることは幸せです。
であった人が残念ながら意を同せずに、
目の前から居なくなる寂しさも納得できるようになりました。
そこに気づかせてもらえて嬉しかったです。
「ともだち」「愛」と言う言葉の陰で偽ることほど心寂しいことはない気がします。
だから私は人とは誠意を持ってお付き合いしたいなと思います。
嘘はつきたくないし、結局はだまされていたとしても、
やっぱり向かい合うときは信頼して話をしたいと思います。
表裏のない人でありたいと思います。
けれど、残念ながらこの世で真の友情を結べない人も大事な人だと思っています。
決してどうでもいいと思っているわけではありません。
なぜなら、そう言う人は自分が気持ち異世界の向こうの
何が大事かを教えてくれる、とてもご縁の深い人だと思うからです。
だから、そう言うご縁になった人にも常に感謝したいと思います。
こういうとなんか偉そうですし、上から物言ってるみたいに聞こえるかもしれません。
でもそうじゃなくて、ただ純粋にそう思うんですよ。
あるお芝居でシスターの役の人がこう言いました。
「人の心にある争いや憎しみは無益なものです。
けれど、人の心の憎しみから愛を生み出すことも出来る。
それこそが神の奇跡です。愛の力です。」
私はこの言葉を忘れることが出来ません。
そう言う意味で人はすごいのだな、と思います。
また観音様は身近に居る老若男女の姿を借りて、善も悪も教えてくれるとか。
善い気持ちを生み出せない関係は辛いものですが、
そこに愛も見出せると思いたいし、努力したいです。
「解決します!」
なんだか、シミジミとそう思わせてくれる舞台でした。
おかげでなんか自分の中が解決しちゃいました(笑)
公演中、ちょうど桜の時期でした。
そして日曜はイースター(復活祭)でした。
桜のように潔く、常に再生の力を信じられる人生を歩みたいです。
とにもかくにも、私って人間は恵まれているんですよねー。
人から見たら波乱万丈、不幸満載なのかもしれないですけどね。
でも、絶対にステージがあがって言ってるんです。
というか願いどおりになってゆく。
劇場が欲しい!と思ったら、次々と劇場付きの仕事場に恵まれたり、
散々、先輩方から「お前はつくづく商業(商売)は向かないねぇ」
といわれていましたが、ほらね?ズガチラを始め、
そう言うのがいいのよ!って人情のあるところに縁があるんです・
弟分のTAP DO!主催のポケちゃんが昔からずっと言ってくれるんですが
「あんじゅさんは会うたびに夢をかなえている。
人より苦労はするけれど、必ず幸せの一番近くに居る。
傍に居ると風が吹く。そんな風に自分もなりたい。」って。
昔はえ~?そーかぁ?と思っていましたが、
最近は「アタシって運がいいよなぁ~。」と幸せな勘違いが出来てます(笑)
この春、とても親しいご家族が出来ました。
何かにつけお父さんとお母さんのように優しくしてくださり、
ありがたいなあと思っています。
先日、お会いしたときは手を取って涙を流してくれました。
また深いご縁を頂いてありがたいものだと思います。
大事にしていきたいと思います。
また親友のRIKI君が6年の歳月をかけての模索の末
鍼灸の学校に入って3年、はれて国家試験に一発合格!
鍼灸師になりました!
更にまっすぐに新しい道を歩んでいます。
嬉しいことでした。
心から心から新しい門出をお祝いします。
おめでとう!
それから、この数日、親しい方のご家族が相次いで亡くなられました。
天に帰られた方々にお祈りささげますと共に、
傍に居る方々のお心の平安を心からお祈りしたいと思います。
春は別れと出会いの季節といいます。
出会いは別れの、
別れは出会いの、
「始まり」
けれど、それは永遠の輪になって繋がっています。
私は、そう思います。
また追記します(笑)
今日はココまで。