KOFUKUの家から

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南のちいさな森の家にて
芸術的田舎暮らし真っ最中

メモリアルディ

2012-03-07 | KOFUKU日記

《今日も雨。チビ達はおネンネしています》


「今日3月7日は忘れられない日。
忘れちゃいけない日。
前の晩別れた時には思いもよらなかった。
朝、起きた時には考えもしなかった。
今でも目に焼き付いている。
そして長い一日だった。」

さっき、その忘れられない日を一緒に過ごした
親友の一人がつぶやいてくれていた言葉。

今日は10年前に亡くなった私のもう一人のパートナーである
ソウルメイト、祐木鎧(ガイ)くんのメモリアルディでした。

あの日は3月になったというのに本当に寒い日で
朝から小雨が降っていたことを今も忘れません。

一緒に経営していたミュージカルカフェで
突然に独り逝ってしまった彼を
何も知らないままお店の開店時間に合わせてやってきた
魂の家族ともいえる仲間たちが次々と涙しながら囲み、
一緒に暮らしていたお母さんの実家ではなく、
親権をもつお父さんの家に運ばれた彼についていき、
お通夜と葬儀までの5日間を共に過ごしました。

仲間たちはその数日をお父さんの家から仕事やバイトに出かけ
夜は交代でロウソクを絶やさぬように灯し続け、彼に話しかけ、
お坊さんのお経ではなく、それぞれが信じる神様への祈りや
詩や歌を交代で唱え、歌って、彼の平安を祈りました。

そこにもたくさんの人が代わる代わる訪れて眠る彼と話しました。
そこには先年亡くした愛する相方さんの姿もありました。

葬儀の日には芸能界からもたくさんの方が来てくれて
どんなにギャラを積んでもこんなすごいキャストは集められない
と言わせたほどに、たくさんの方が参列してくれたのでした。

会場には彼の歌が流され、彼の前に形見の品が並べられ
仲間たちが少しずつそれを持ち身につけて
葬儀では参列したミュージカル俳優たちが全員で
彼にゆかり深いミュージカルソングを何度も歌いました。

そして出棺の際には仲間たちが敬意を込めて礼砲を捧げ
みんなの敬礼の中、彼はまっすぐに天国に旅立ったのでした。

彼が亡くなったことは10年たった今でも悲しいけれど、
あの葬儀までの日々は本当に人の愛と心が通い合うもので
行われた葬儀も亡くなった鎧くん同様、心に深く残るものでした。

何よりも彼が必死で生きた世界の愛する人々のなか、
彼が生きた俳優という姿で、彼が望んだように
その世界に輝く星としてみんなで送ってあげられて
それだけは今でも本当によかったなぁと思っています。

送られた鎧ちゃんも本当に嬉しかったんじゃないでしょうか?
その数日間に彼はニコニコ笑顔でたくさんの人の夢に現れ
「ありがとう。ありがとう。」と言って消えていったそうです。

みんなからその話を聞くたびに、鎧ちゃんは死んでもすごいなぁと思い、
私も死んだら必ず「ありがとう」と言いに行ける人間になろうと思ったのでした。


そのあと一人になって何も感動しなくなり、劇場にもいけなくなり
仕事もできなくなり、言葉通り生きた屍のようになった私を、
そしてそれを心配そうに天国から見守る鎧くんを助けてくれたのは
先年亡くなった愛する相方さんだったのでした。

相方さんと鎧ちゃんは某ミュージカル劇団の同期で
一番最初に仲良くなり、相方さんが初めて
自分のやりたい演劇を話した人だったのだそうです。

当時からリアルストレートの感覚で舞台に立つことを目指していた相方さんは
劇団にたくさんの仲の良い人はいたけれど、自分の目指す演技のことを話すと
皆に「それは違うでしょ」とか、そういう演技はありえないと馬鹿にされる中で、
唯一、鎧ちゃんだけが
「そうか、俺にはそのやり方はよくわかんねーけど、
目指してる所はお前と一緒だと思う。
お前がやりたいことがそれなら、そのやり方や思いを貫けよ!」
と認めてくれて、応援してくれた人だったのだそうです。
だから、自分の中ではとても大切な存在だったんだよと言っていました。

鎧ちゃんが亡くなって、どん底にいた時、誰にも何も言えなかった時、
彼への思いや、それまで生きていた道筋を一つずつ聞いてくれた相方さん。
霊感の強かった相方さんは鎧ちゃんの存在も身近に感じていたそうです。
鎧ちゃんの話を聞くたび、自分の俳優人生と重ねて、
鎧の分まで俺がやると頑張ってくれた相方さん。
私が鎧ちゃんを思い、乗り越えてきた長い日々は
愛する相方さんとの人生と共にありました。

今はその相方さんも鎧ちゃんのいる場所にひと足先に行ってしまいました。
きっと今日は向こうからこちらを見て、二人で話していることと思います。


人生の中で一番大切な人を続けて二人も天に送り、人は私を不幸というけれど、
それでも私はまだまだ恵まれていると思うのですよ。

それは二人との人生を囲んだ多くの仲間たちが共通の友人だからです。
最初に見送った鎧ちゃんとの人生を知っている仲間たちが
そのあとに新しい人生を歩みだした相方さんと私を見守ってきてくれました。
魂の家族である彼らが私がどんな風に二人と生きていたかを知ってくれています。

私たちがどんな風に向き合ってきたかを知ってくれている人がいることは
私という人間が、鎧ちゃんに対しても、相方さんに対しても
それぞれに嘘偽りなく、必死に、懸命に、捧げ、生きてきたことを
仲間たちが、その存在そのものが、それをはっきりと
証明してくれるということでもあるのです。

それはもちろん、二人の人生だけでなく、それぞれの人生でも言えます。
そこに関わってくれた人たちがいることが「彼らの生の証明」

今は相方さんも鎧ちゃんも目にも見えないし、触れることもできません。
そして、彼らとの日々を知らない人は、私を疑ったり、存在すら消そうともします。
それはとっても不安なことです。心無い言動にくじけそうになる時もあります。
あれは本当は夢だったのではないか?と思うこともあるくらいです。

でも、大切な仲間であるみんなが生きていてくれるから、
あの日々が間違いなくあったのだと確認できます。
あの愛はあったのだとわかるのです。

こうして、あの日をつぶやいてくれる仲間たちや、
今も彼らの魂や思い出と共に俳優として頑張ってる人たちや、
彼らが歩んできた道の中で出会った懐かしい人たちの中に
今も相方さんも鎧ちゃんも生きているのだと思っています。

ですから命日は亡くなった人に思いを馳せる日でもありますが
私個人はそれと共に今も彼らの魂と一緒に生きている人々に
思いを馳せ、感謝と共に幸せを祈る日でありたいと思っています。


人が一人で生きているのではない、というのはほんとですね。
他者のなかに自分がいる、あなたは私、私はあなたというのも本当だと思います。
誰が欠けても、この世の中はきっと成り立たないのですね。
そんな風に世界は出来てるんですね。

私は大事な人と長い年月は過ごせなかったけれど
間違いなく多くの人よりも深く大切な時間を過ごせたと思います。
そんな日々の中で、先に旅立った愛する人たちの生き様から
本当に大切なものを沢山教わりました。
人として大切な心を心に深く教えてもらいました。
自分の心を使って考え、責任をもって行動し、
その意思を持ちながら、全く違う意識を持つ人を受け入れ、
相手をまず大切にすることが自分をも大事にすることを学びました。

世の中にはいろんな考えの人がいます。
その活かし方はそれぞれで、自分の魂のあり方にそって
相手を見ることが大事なのだと二人から学びました。

大事なのは自分や周りの考え方やり方ではなく、
相手を見るという本質の部分だと。

やり方や考えにこだわれば、自ずと自身の中に良し悪しが生まれますが、
本当は善し悪しなんてことより、もっと大事なことがあるんですよね。
だって、光の中に闇を見て学ぶ人もいれば
闇の中に光を見つけて学ぶ人もいるってことは確か。
そういうことなんだよ、って教えてもらいました。

そして、人はそのうえで、
自分の意見を持つことが大事なんだって
今は二人のおかげで本当によくわかるのです。

だから、私は全ての人に感謝して生きていきたいと思う。
誰に何を言われたとしても、リスペクトされなくても
その人の存在に感謝して生きていきたい。

だって、その人がいなかったら、
私も愛する人もこの世に存在しないのだから。
だから、私もしっかり存在しなくちゃね。


今日、この世を必死に生きて、天国にいるあなたがたに、
そして今この世界に必死に生きてくださっているあなたに
私はココロから感謝しています。

みなさん
生まれてくれてありがとう
生きていてくれてありがとう

天国から
いつも見守っていてくれてありがとう
天と地離れていても、みんな一緒だよ。


追伸*本日、私や鎧ちゃん、鎧ママにメッセージ等
お送りくださった皆様、この場をお借りして、
皆様の愛に心より御礼申し上げます。
本当にありがとうございました。