ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

ダークマター

2023-07-08 11:45:28 | 読書
 ダグ・ジョンストン『ダークマター』


 生まれてから亡くなった時までの戸籍謄本を辿り、ほかに遺産相続人がいないか調べる。

 つまり、隠し子の存在を明らかにするのだが、その作業はとても面倒なので、行政書士に依頼した。

 後日、取り寄せてもらった戸籍謄本に、会ったことのない兄弟はいなかったが、親の意外な事実を知った。

 本人は隠しているつもりはなかっただろうが、亡くなってから知ると秘密にしていたかのように映る。


 人が亡くなると、思わぬ秘密が明らかになる。


 葬儀社を経営していたジムが亡くなり、妻のドロシーは、会社のお金が毎月知らない女性に振り込まれていることを知る。

 愛人か隠し子か?

 調べると、元従業員の妻で、保険金と称して渡されていたのだが、その元従業員は行方不明。

 これだけでも十分面白い謎なのに、ジムは探偵業も兼業していたものだから、依頼されていた案件を娘と引き継ぎ、さらに孫娘のルームメイトが失踪、事件が増えていく。

 葬儀社の仕事をこなしながら、素人探偵3人は事件を地道に調べていく。ときに義憤に駆られ暴走しながら。


 舞台になっているエディンバラの地図がついているので、眺めながら街の空気を感じつつ読む。

 やや重めのトーンに満ちた小説だというのは、カバーのイラストを見ればわかったはず。ぼくは好きだ。


 装画は3rdeye、装丁は鈴木成一デザイン室。(2023)


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偽者

2023-06-30 18:28:42 | 読書
 ローレン・オイラー『偽者』



 スマートフォンを思わせる縦長の黒い四角形が、カバーの真ん中に印刷されていて、角度を変えて覗き込むと、何か見てはいけないものが現れる気がした。

 「覗いたら、もう戻れない」

 帯のキャッチコピーに煽られ、取るものもとりあえずといった気分でページをめくった。
 

 ミステリーなのだろう、ちょっと怖いかもしれない。

 そんな思い込みが生まれたのは、カバーデザインのせいだ。

 単純な黒だと思って見た四角形は、実はほかの色が加わった深みのある漆黒。

 「黒は300種類ある」とアンミカさんは言うが、そんな多種類のひとつは、見るたびに表情が違う不思議な色で、秘密が隠されていそうだ。


 カバーの上側50ミリには文字も何もなく、タイトルや著者名などの情報がスマホの脇に集約されている。

 上側が使えなくなった分、帯は天地が45ミリと極端に細い。

 書体は帯の一番下以外はすべて明朝体で、下地の白が活かされ、四角形の黒がより際立って見える。

 一番大きな文字「偽者」は、その存在感をさらに薄くするためか、文字の斜めの線をかすれるような罫線に置き換えている。

 この描かれた線が、逆に印象を深くしていて、一度目にしたら忘れられない。

 帯を外すと、それまでのアンバランスな様子が一変、すべてが中央にあると知る。


 アメリカ人女性の語りが永遠と続く物語。

 「世界は終わろうとしている」と大上段に構えた始まり方をしながら、恋人のスマホを覗き見るという通俗的な女性。

 彼女が見つけたのは、SNSに陰謀論を投稿しまくっている恋人だったのだが。
 

 だらだらとまとまらないブログを読んでいるような感覚になっていく。

 ブログは、些細な日常が綴られていても、書いている人に好感が持てれば楽しみになるもの。

 ぼくには、この女性の言動も考え方にも共感できず、プライベートな事柄を覗き見しているようなばつの悪い思いをさせられてしまった。


 装丁は北岡誠吾氏。(2023)



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『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン』と『果樹園の守り手』

2023-05-13 16:47:17 | 読書
 コーマック・マッカーシー『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン』




 映像化された作品があまりに印象的だと、あとから原作を読んだとき失望することがある。

 この小説は「ノーカントリー」というタイトルで2007年に映画化されていて、
その強烈なイメージはいまだ頭から離れない。

 読み進めながら主役のハビエル・バルデムの顔がチラついてしまうのはどうにもできなかった。

 ところが、読み終えた後の感触は映画と少し違う。

 年月が経って映画の細部を忘れてしまったせいかもしれない。

 文字の中に潜む虚無感が、じわじわと頭の中に広がっていくのだ。

 徐々に追い詰められていく緊迫感を、鉤括弧を外したスマートな会話が効果的に昂めていく。


 一般市民のモスは、偶然、麻薬密売組織の大金を手に入れる。

 逃げる彼を追うのは組織だけでなく、冷酷な殺し屋シガー。

 そしてモスの身を案じる年老いた保安官。

 シガーの不気味な行動は、見ていると人としての正常な感覚を失わせる。

 ところが、合間に挟まれる保安官のモノローグは、生きているという安心に触れられる。

 タイトルの「オールド・メン」の存在の大きさを知る。



 この小説の前に、同じ著者のデビュー作『果樹園の守り手』を読んでいた。

 状況がわかりにくく、ストレスのかかる読書だった。

 やりたいことはわかる、でも上手くいっていない。後の偉大な作家に、偉そうに助言をしてみる。

 『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン』は、それから40年後に書かれたもので、大きな成長のあとが見られる。

 続けることは大事だと、上から目線で語ってみる。

『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン』

 装丁は國枝達也氏。

『果樹園の守り手』

 装丁は斉藤啓氏。(2023)


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氷の城

2023-04-25 18:15:27 | 読書
 タリアイ・ヴェーソス『氷の城』



 不親切な小説だ。

 謎を見せておきながら種明かしをしない。

 解き明かそうと、何度も同じ箇所を読み返してしまった。

 まるで捜査資料を読み返すことで、気づかずにいた手ががりのヒントを得ようとする刑事のように。

 
 雪と氷に覆われたノルウェーの小さな町が舞台。

 11歳の少女の秘めた友情の話。

 ところが突然、事件の様相を呈してきて、凍った道で転倒して天地が逆になってしまったような気分を味わう。

 その後は、半透明の氷を通して少女たちの様子を窺うみたいに、どこかはっきりしない居心地の悪さが続く。


 「もうわからない」と投げ出してしまいたくなったが、引き止めたのはカバーのイラストと装丁の美しさだ。

 画家とデザイナーは、この物語を読んで、作品に何をこめたのだろう。

 
 装画はアイナル・シグスタード氏、装丁はアルビレオ。(2023)

 アイナル・シグスタード氏はノルウェーの画家で、この日本語版のために装画を描き下ろしてもらったそうだ。


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七つのからっぽな家

2023-04-15 16:41:09 | 読書
 サマンタ・シュウェブリン『七つのからっぽな家』



 電車の中で、前に座る女性に違和感を覚えた。

 すぐに気づいた。

 マスクをしていない。

 見慣れないものを目にしたとき、心にしっくりこないものが残る。

 マスクの生活がどれほど長かったのか思い知る。


 7つの短編が収められた小説集。

 そのうちのひとつ『ぼくの両親とぼくの子どもたち』。

 全裸で庭を走り回る両親。

 元妻に、彼らは病気なんだと言い訳をする男。

 ホースで妻の裸体に水をかける夫。楽しげな様子の老人たち。

 この情景に、彼らの息子だとしたら、どんな説明をしたらいいのだろう。

 普通ではないとしか言えないに違いない。

 ところが、彼らを目にした幼い子どもたちの反応は違った。


 公共の場ではマスクをするのが普通なのか。

 それともしなくていいのか。

 個人の判断とは曖昧だ。

 知らない人の口元を目にする新鮮さと、なぜこの場で外すのかという少しの疑問。

 やがて、ほとんどの人がマスクをしないようになり、違和感はなくなる。

 いまは、このあやふやな状況の浮遊感を覚えておこうと思う。

 
 装丁は佐々木暁氏。(2023)


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