ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話

2023-08-12 11:17:47 | 読書
 済東鉄腸『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話』




 驚くほど長いタイトルの本だ。

 それでも、表紙の文字を目で追っていくと、自然と正しく読める。

 驚くほどの可読性。驚異的なデザイン。


 タイトルがほぼ内容を表している。

 ただそこから受ける印象と少し違うのは、著者は「引きこもり」なのに、積極的に他人とコミュニケーションを取ろうとするところだ。

 ルーマニア語を学ぶために、Facebookで4000人のルーマニア人に友達申請をする。

 「あなた、誰?」なんて反応は歯牙にも掛けない。

 鉄のメンタルだ。

 
 ルーマニア語を学ぶうちに、著者は日本語で書いていた小説を自分でルーマニア語に翻訳するようになる。

 書き上げた小説を知り合いのルーマニア人に見せると、作家でもあるその人は作品を文芸誌に送ってくれた。

 そして、著者はルーマニアで作家デビューを果たす。

 
 この本に含まれる熱量の高さは尋常ではない。

 おそらく、著者の盛んな知識欲の発露のためだろう。


 日本語で書かれた小説が、いつの日か日本の書店に並ぶようになるのだろうか。

 新しい表現を作り出しても、外国人だからという理由で認められない悔しさを味わっている著者が本領を発揮するのは、日本語の小説のような気がするのだが。


 装画は横山祐一氏、装丁は木庭貴信氏+青木春香氏。(2023)


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花びらとその他の不穏な物語

2023-08-06 15:53:40 | 読書
  グアダルーペ・ネッテル『花びらとその他の不穏な物語』



 ぼくは○○が好きだ。

 人には言えない好きなものは、きっと誰にでもあるだろう。

 それが、他人の体の特定の部位だとしたら、なおのこと口には出せない。


 少女のまぶたの写真を撮り、「夢見るようなみだらな」ものと感じるプロカメラマンの男。

 女性の尿の匂いを嗅ぎ、どんな人なのか想像する男。

 この小説集に登場する人のフェティシズムに、嫌悪感を抱く。

 気に入った尿の匂いの持ち主を探して、レストランのトイレを巡る男の行動は引いてしまう。

 犯罪じゃん、変態! 

 しかし、これがフェチというもの。

 異常な行動なのに、美しく繊細な文章で綴られると、崇高なことのようにも見えてしまう。

 こんな小説を愛でるぼくも、フェチに違いない。

 でも人には言えない。

 ○○のことは絶対に。


 装画は澤井昌平氏、装丁は桜井雄一郎氏。(2023)


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メタル’94

2023-07-31 22:42:17 | 読書
 ヤーニス・ヨニェヴス『メタル’94』



 若いときはなんでもできる。

 それは思い込みに過ぎないが、大人になって知識と経験が邪魔をしてできないことが増えてしまうと、無邪気な10代の頃は、無限の可能性が広がっていたような気がしてくる。

 若いからできてしまうことは確かにあった。


 バルト三国のひとつ、ラトヴィアに暮らす15歳の少年ヤーニスの物語。

 1990年の独立からわずか4年後。

 優等生だったヤーニスは、パール・ジャムやニルヴァーナの曲が頭の中に響くようになってから、付き合う友人が少しずつ変わっていく。

 タバコを吸い、酒を飲む。

 お金がないのに列車に乗り、ライブ会場に潜り込む。

 まるで人生のすべてがヘヴィメタに支配されてしまったかのように夢中になる。


 登場するミュージシャンのほとんどは名前を聞いたこともない。

 でも心配ない。

 巻末にリストがあって、ちょっとした解説がついている。


 大人になると、若い頃、なぜあんなに夢中だったのかわからないものがある。

 多くの時間を費やし、体力を使い、頭の中はそれでいっぱいだったようなこと。

 理由はわからなくても、それは必要なことだったのだ。

 年を取って純粋さから遠ざかってしまうと、そんな時代を懐かしく肯定するのだ。


 装丁は山田和寛氏。(2023)


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悪魔はいつもそこに

2023-07-24 18:23:24 | 読書
 ドナルド・レイ・ポロック『悪魔はいつもそこに』



 理不尽な仕打ちを受けた人が、相手に向かって拳を握りしめる。

 そいつを殴ってしまえ!

 読みながら心の中で叫ぶ。

 そんな暴力性が自分の中にあると気づき、恐くなる。

 物語に同調し、ときどき起こる気持ちの動き。

 それは、小説家の巧みな筆力が引き起こす。


 タイトルの「悪魔」、カバーの十字架を見て、オカルトものを想像した。

 怖いもの見たさでページを繰るが、ここにそういう恐怖はない。

 ただ、暴力の匂いが充満する文章で、いつ誰かが殺されても不思議ではない雰囲気が絶えず漂っている。


 1960年代のオハイオ州。

 極貧の中、暴力を振るうことを意に介さない父に育てられた少年の話が、いくつかある軸のひとつ。

 少年はその後両親を亡くし、愛情深い祖母とともに暮らす。

 やがて、彼は人を思い遣る大人へと成長していくように見えるのだが。


 悪は善良な人を飲み込んでしまう。

 そいつを殺ってしまえ!

 暴力が最上の解決に見えてしまうのは、ぼくの中に棲む悪魔のせいか、あるいは作家のチカラなのか。


 装丁は新潮社装幀室。(2023)


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家の本

2023-07-15 16:02:24 | 読書
 アンドレア・バイヤーニ『家の本』



 構成が独特だ。

 文体も変わっている。



 家が、住人について語る。

 「私」を中心とした物語。

 「私」が生まれた家、「私」が仮住まいをした家、「私」が見上げる恋人が住む家。

 それらの家々が、「私」と「私」を取り巻く人々について語り続ける。

 ときに家は、車だったり、銀行口座だったり、電話ボックスだったりもする。

 語られる時代はバラバラで、はじめのうちは物語の流れがつかめない。


 さらに困惑するのは、謎のような文章だ。

 『「永久(とこしえ)の家」は環状にできている。それは結婚指輪の形態と性質を備えた家だ。建築上の工夫について言うなら、そこには最先端のテクノロジーが用いられている。』

 これは何について書かれているのか、しばし彷徨う。読み進めるうちにわかってくるのだが、78つの章がほぼこんな感じなので集中力と想像力が必要だ。


 小説は何を書くかではない、どう書くかだ。

 そんな言葉を聞いたことがある。

 時系列に並べられた物語だったら、もう少し読みやすかっただろう。

 でもこの読みにくさが、この小説の魅力にもなっている。


 装画はいとう瞳氏、装丁は緒方修一氏。(2023)


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