チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ『アメリカーナ』
もしもぼくが女性だったら、この物語をもっと理解し楽しめたのかもしれない。もしもアメリカに住む黒人だったら、もしもナイジェリア生まれだったら。
このもどかしい思いは、退屈したからではない。その反対で、これほど面白い小説には滅多に出会えない。だからもっと隅々まで堪能したくなるのだ。
物語は、アメリカに住むナイジェリア人女性のイフェメルが、ヘアサロンへ向かうところから始まる。
アフリカン・ヘアを結ってくれる店が近くにないため、列車に乗って行く。どうしてそういう店がないのだろうと彼女は思う。
列車を待ちながらアイスクリームコーンを食べている白人の男を見て「アメリカ人の大の男が食べているのを見るといつも責任能力をちょっと疑う」と思う。
駅を出てタクシーに乗るとき、ナイジェリア人の運転者でなければいいと思う。
ヘアサロンは、アフリカ出身の女性たちが働いている。
冒頭の短い情景の中に、独特の角度から見たアメリカが映し出される。
それはアフリカ出身の外国人だから通れる道。
イフェメルは「非アメリカ黒人によるアメリカ黒人についてのさまざまな考察」というブログを書いている。
このテーマは少しわかりにくい。同じ黒人、何が違うのか。
アメリカ黒人はアメリカで生まれ育っているため、人種によって社会から受ける扱いに差があることを知っている。
ところが、非アメリカ黒人のイフェメルは、故郷ナイジェリアでは皆が同じ肌の色なので、アメリカに来て初めて「黒人」と見られ驚く。
アメリカの一面を見せるブログは面白いが、この小説の輝きはこれだけではない。
登場する人たちが生き生きと動きまわり、彼らの小さなエピソードでさえ夢中になってしまう。
さらに思ってもみなかったことだが、これは本当は長くて複雑な恋の物語を描いていたのだと、最後の方で気づく。トンネルを掘っていたら、不意に金の像を発見したようなもの。
上下巻の表紙に6人の男女が描かれている。どれが誰なのか。考えてみるがわからない。どこかに答えがあるのだろうか。
カバーデザインは鈴木成一デザイン室、装画は千海博美氏。(2020)