サーシャ・フィリペンコ『赤い十字』
カバーの抽象的なイラストや、視点をあちこち移動させてしまう文字の配置には、何かのメッセージが込められているように感じてしまう。
本心を隠し、伝えたいことはストレートに表現しない。
それは、この小説の舞台となるソ連では重要なこと。
ロシアの隣国ベラルーシの首都ミンスクへ、30歳の男性が引っ越してきた。
集合住宅の隣人は、アルツハイマーを患っているおばあさん。
自分のことで頭がいっぱいの男は、おばあさんにはまったく関心がないが、おばあさんは無理矢理自分の昔話を聞かせる。
ソ連で体験した、戦時中の不可解で恐怖の日々。
男は次第に引き込まれていく。
80年も昔の戦争の話だ。
ソ連がどれほど怖い国だったのかは、小説や映画の中で繰り返し触れてきたので驚きつつも、そんなところだったのだろうと、古い話として受け止められる。これが半年前に読んだのならば。
ソ連と現在のロシアを比べてしまう。
長い年月を経ても変わっていないことに震える。
装画はササキエイコ氏、装丁は川名潤氏。(2022)