レオ・ブルース『ビーフ巡査部長のための事件』
歴史のある洋館に足を踏み入れたときの気分に似ている。居心地がよく安心できる空間。
表紙を見て最初に感じたことだ。
エメラルドグリーンの背景に黒だけを使ったシンプルなデザイン。
英語タイトル「Case for Sergeant Beef」の書体は微かに揺れ、隣に置かれた大きなボタンブーツとのコンビが記憶に残る。
帯を外すと銃のイラストが表れる。ブーツと比べると小さいのだが、全体を眺めているうちにブーツの方が不恰好に大きく見えてくる。
この2点が重要な道具だと、読み進めるうちにわかってくる。
殺人事件の調査をする私立探偵ビーフと、その活動を記録するために行動を共にするタウンゼント。
冒頭で、犯人と思われる人物の手記が載っているので、警察の捜査が少しずつ方向を誤っていくのを目にする。一方ビーフは、何か思うところがあるようで、彼だけが犯人を追い詰めていくかのように思える。
事件の残酷さのわりには殺伐とした雰囲気がなく、むしろタウンゼントが語るビーフの姿にはユーモアが漂う。
70年ほど前に書かれた小説。表紙と同じく、古さが快適な空気を生む。ミステリーなのに。
でも、もしかしたら真犯人はほかにいるのでは? そんな楽しみもある。
装丁は田中久子氏。(2021)