エシ・エデュジアン『ワシントン・ブラック』
情報量の多い帯を外すと、突然静謐な空間が現れる。
漂う煙の奥に広がるのは、スタイリッシュなSFなのか?
「ワシントン・ブラック」とは、残忍な農園主の下で働く奴隷少年の名前。
この生活を抜け出すには死ぬしかなく、生まれ変わって解放されると信じている。
そこへ農園主の弟ティッチが現れ、少年を手元に置く。
兄のような残酷さはないようで、風変わりな作業の手伝いを少年にさせる。
1830年代にはまだ珍しい気球の製作。
ティッチは少年をバラスト代りに考えているが、奴隷ではない1人の人間として接しているようにも見える。
物語は、突然先の見えない世界に突入する。
そして最後のページまで、目の前に何が出てくるのか見当もつかない。
結果として、なんとか生き延びた少年だが、常に心に引っ掛かりがあって、生きていることに満足できない。
命があるだけいいじゃないかと思ってしまうのは、少年の負った心の傷、黒人が生きる辛い社会を、ぼくが理解できていないからだろうか。
カバーを覆うスマートなSF感からは想像できないほど、無骨な冒険と生きる力に満ちた物語だ。
装丁は水戸部功氏。(2021)