キャサリン・レイシー『ピュウ』
この不穏な雰囲気はどこから生まれるのだろう。
帯を外してカバーだけにすると、狂気すれすれの不吉さを感じてしまう。
デザインを担当したLuke Birdのサイトには、英語版の書影がある。
日本語の入っていない、さらにシンプルな作りの表紙には、どういうわけか禍々しさが感じられない。ただ美しい。
日本語の書体が忌まわしさの一因になっているのか。
よく見ると可愛らしさもある書体だけれど、「ピュウ」という聞き慣れない単語が、得体のしれない不気味なものを連想させてしまうのかもしれない。
「ピュウ」とは、教会の信者席のこと。
ある日、そこで保護された人物を、小さな町の人たちは「ピュウ」と呼ぶようになった。
語り手でもあるピュウは、自分自身でさえどこから来たのか、自分が誰なのかわからない。
記憶喪失のホームレスのようで、きっと町の人たちには保護しなくてはと思わせる何かがあったのだろう。
親切な町の人たちは、ピュウに個人的なことを尋ねる。
性別さえはっきりしないピュウは、信仰に篤い人々にとっては不安を生む人間でしかない。
そこには、善行を施す相手のことは知っておきたい、知る権利があるという傲慢も感じられる。
何も語らないピュウの存在以上に、少しずつ剥き出しになっていく人々の心のうちの方が、ぼくには不気味だ。
装丁はLuke Bird。(2023)